『アンデッドガール・マーダーファルス 1』青崎有吾――怪物たちに異形の探偵が"知"と"暴"で挑む
舞台となるのは、吸血鬼などの怪物が実際に息づく19世紀末の欧州。”怪物専門”の異形の探偵・輪堂鴉夜(りんどう あや)と、その弟子・真打津軽(しんうち つがる)が怪事件に挑む、ミステリ×怪異バトルの傑作です。
○推理パート
二つのエピソードで構成された『アンデッドガール・マーダーファルス』の第1巻ですが、物語は吸血鬼の住む古びたお城から始まります。「怪物の王」とも呼ばれるほど強大な力をもった吸血鬼ですが、そんな吸血鬼の一人であるゴダール卿は、人間を襲わない「親和派」として知られていました。
そんなゴダール卿の居城で、元人間のゴダール卿夫人・ハンナが何者かに殺害されます。吸血鬼が被害者ということで腰が重い警察に業を煮やしたゴダール卿は怪物専門という探偵を呼び寄せるのでした。
そして屋敷に一組の男女が到着します。一人はつぎはぎだらけのコートを羽織ったやたらと軽口の多い青年で、顔には左目を貫くようにして一本の青い線が走っています。そして、手にはレースに覆われた鳥籠のようなものを抱えているのでした。もう一人はメイド服を身にまとった若い女性で、ほとんど口を動かさず、その背には布を巻かれた長い棒のようなものを背負っています。
屋敷に着いた彼らは、挨拶もそこそこに早速調査を始めます。しかしなんといっても被害者は吸血鬼です。多少傷つけられてもたちどころに回復してしまう彼らに、人間の理屈は通用しません。しかし同時に、日光や銀など、吸血鬼には広く知られた弱点もあります。このように怪物の理屈をあてはめながら、推理は進行していきます。
○”暴”パート
ところで、「名探偵、皆を集めてさてと言い」なんて決まり文句がありますが、探偵役が関係者一同を集めて推理を披露し犯人を追い詰めるというのは、推理ものではよくある場面です。探偵も関係者も全員人間であるならばそれでもいいでしょうが、もしその犯人が実は怪物だったとしたらどうでしょうか。バレてしまっては仕方がないと、その場で全員殺されてしまうかもしれません。そこで登場するのが”暴力”です。
著者によると、本作『アンデットガール・マーダーファルス』は迫稔雄の漫画『嘘喰い』に大きな影響を受けているとのこと。
『嘘喰い』の登場人物は基本的に、めっちゃ頭がいい頭脳派とそいつをあらゆる暴力から守る肉体派という二人一組で行動するんですが、これはミステリにおける探偵と助手の関係性にも落とし込めると思ってまして、そのあたりの根っこの部分で自分はものすごく影響を受けています。これからも受け続けます
— 青崎有吾 (@AosakiYugo) 2018年2月19日
『嘘喰い』ではギャンブラーの策略を通すために、知性だけではなく暴力も必要とされました。同じように、『アンデッドガール・マーダーファルス』においても、犯人に負けを認めさせるためには、探偵側は知性と暴力の両方で上回る必要があるのです。よって本作は推理パートと”暴”パートの両輪で展開します。
数々の怪物を黙らせる輪堂鴉夜と真打津軽の”暴力”とは果たしてどのようなものか、ぜ本編でご確認ください。
〇近代ヨーロッパオールスターキャスト
本作の世界観では吸血鬼などの怪物だけでなく、創作上の有名なキャラクターたちも作中の実在人物として登場します。この1巻ではまだまだ名前だけですが、シャーロック・ホームズやカーミラ、ドラキュラ伯爵などなど……。ほかにもビッグネームが登場します。
さらに1巻2章では、まだ警察だった頃のあの有名な探偵が登場し、輪堂たちと推理合戦を繰り広げます。
2巻ではさらに多くのキャラクターたちが入り乱れる様子。読むのが楽しみです。
『人類最強のsweetheart』西尾維新――占い師・姫菜幻姫の予知を覆せ!《最強》シリーズ最終巻!
西尾維新のデビュー作である『クビキリサイクル』から始まる《戯言》シリーズ。その《戯言》シリーズのスピンオフ作品にして、”人類最強の請負人”こと哀川潤が主人公の《最強》シリーズも本作で4巻目となりました。帯には「シリーズ完結」と謳われていますがはたして......。
手に取ってみれば一目瞭然ですが、今回はページ数が120前後と非常に薄い感じになっております。これは中編が1本収録されているだけかな、と思って目次を見ると、タイトルがずらり。短編、短々編が合計で6編収録された短編集となっています。
なかでも注目は、姫菜幻姫が登場する表題作、「人類最強のsweetheart」でしょうか。姫菜幻姫の母親は『クビキリサイクル』に登場した姫菜真姫。事件が起きる前からすべての真実を見透かし、なおかつ沈黙を貫いた天才占星術師です。その後姫菜真姫は自分自身の死に様を予言し、事実その通りに命を落としました。(西東天の介入でその死期は早まりましたが。)
そんな彼女の子供である姫菜幻姫の依頼は、母と同じように自分自身の命日を予知したため、それを回避させてほしいというものでした。
解決方法については、なんというか短々編並み、といった感じでしたが、やはり西尾作品の魅力といえばキャラクターでしょう。姫菜幻姫についても、あの姫菜真姫を母親に持つからこそのコンプレックスや葛藤が魅力的なキャラクターでした。
また、姫菜真姫は《戯言》シリーズにおいて、戯言遣いや哀川潤が介入する余地もなく、あっさりと退場してしまったため、今回のエピソードはそのときのリベンジマッチといった趣もあり、面白かったです。
他にも、「人類最強のlove song」には零崎曲識を慕い、彼が遺した楽譜の解読を試みる少女、時宮時針が登場します。時宮とはもちろん、呪い名序列第一位、『時宮病院』の時宮です。《戯言》シリーズも《人間》シリーズもずいぶんと前に完結しましたが、こうして彼らの世界が今も続いていると感じられるのは、一読者としても嬉しい限りです。
そんな《最強》シリーズも今回で完結とのこと。最終話の「人類最強のPLATONIC」は、これまでこのシリーズで宇宙人や深海生物や植物など、様々なものを相手取ってきた哀川潤にふさわしいエピソードでした。さすがは作品の締め方にこだわりのある西尾維新といったところでしょうか。
と思ったのですが、おや、最終ページのこれは……?
『ソードアート・オンライン24 ユナイタル・リングⅢ』川原礫――忍び寄る悪意、見覚えのある面影、UR編加速!
VRMMOSVG「ユナイタル・リング」で本格的に町づくりを始めたキリトたちですが、そこに新たな敵、そして最大の脅威が襲いかかります。
しかしやはり、一番気になるのは表紙の男性でしょう。ユナイタル・リング攻略と並行してアンダーワールドのエピソードも進むとは!容姿は"彼"に似ていますが、果たしてその正体はいったい……。
〇前回までのあらすじ(本編21,23巻、UR編Ⅰ~Ⅱ)
いつもどおりアルヴヘイム・オンライン(ALO)をプレイしていたキリトたちは、突然「ユナイタル・リング」というゲームに、レベル1の状態で強制コンバートされてしまう。同じ現象はガンゲイル・オンライン(GGO)など、茅場晶彦が遺した「ザ・シード」規格を用いてつくられたVRMMOゲーム全体で発生していた。
ユナイタル・リングの正体は、一度HPがゼロになれば再ログインできないという究極のVRMMOサバイバルゲームだった。
URへの統合の際に新生アインクラッドが崩壊するなか、プレイヤーホームをなんとか不時着させたキリトたちだったが、着地の衝撃でホームは半壊してしまう。URでは素材を集めてクラフトすることで、様々なアイテムを作ることができる。木材や鉄を集めることで、プレイヤーホームもなんとか修復された。
さらに、別の場所からスタートしたシノン、クライン、エギルとの合流にも成功したキリトたちだが、その隙にプレイヤーホームが襲撃を受けてしまう。ホーム周辺にポップするボスモンスターも利用して、からくも撃退に成功したが、度重なるPK集団の陰には「先生」と呼ばれる存在の陰がちらつく。対策として一行はプレイヤーホームの周囲に町をつくることを決めるのだった。
一方アンダーワールドでは、アリスがログアウトしてから内部時間で200年以上の時間が経過していた。ユナイタル・リングに強制コンバートされるより前に、一度アンダーワールドにログインしたキリト、アスナ、アリスは、ロニエとティーゼの子孫に出会い、再会を約束してログアウトする。
それからしばらく、なかなか再ログインの許可がでないなか、キリトはプロジェクト・アリシゼーションの責任者である菊岡誠二郎に呼び出される。その菊岡との会合場所になぜか着いてきた「鼠のアルゴ」こと帆坂朋だったが、何やら彼女は菊岡のことを知っている様子で……。
○以下、ユナイタル・リングⅢ 本編感想
~本編のネタバレを含みます。ご注意ください。~
ユナイタル・リングではいつものパーティメンバーも集まり、本格的に街づくりが始まった一方で、アンダーワールドにおいても動きがあったこの3巻。今後重要な役割を果たすであろう二人のキーパーソンが初登場となりました。
一人はユナイタル・リングの攻略グループ≪仮想研究会≫のリーダーを務めるムタシーナ。彼女は四つの攻略グループが集まる懇親会の場で、引継ぎスキルと思われる強力な呪い魔法≪忌まわしき者の絞輪≫を発動します。呪われた相手を任意のタイミングで窒息させられるこの強力な魔法によって、ムタシーナは他のグループを支配下におきました。懇親会に潜入しいたキリトも≪忌まわしき者の絞輪≫によって呪われてしまいます。
そんな彼女が下した指令は、≪黒の剣士≫キリト率いるパーティの殲滅。これまでキリトたちを襲ってきたモクリやシュルツたちの背後にいると思われる「先生」とは、果たして彼女のことなのでしょうか。
そしてもう一人のキーパーソンは、もちろん表紙にも描かれている人物、整合騎士団長・エオラインです。容姿だけでなく、声までも”彼”と同じだというこの青年。いったいどういった秘密が隠されているのでしょうか。その正体が明かされるのはもう少し先になりそうです。
しかし、アリシゼーション編の最後でキリトたちが200年後のアンダーワールドにログインしたあと、ユナイタル・リング編が始まったときは、アンダーワールドのストーリーは後回しかよ!と驚いたものですが、どうやら並行して物語が進んでいくようです。ユナイタル・リングとアンダーワールドの二つの世界が交わることも今後あるのでしょうか。もしかしたらアリシゼーション編を凌ぐ大長編になるのかもしれませんね。
『新本格魔法少女りすか』西尾維新――未完の初期作品がついにリブート!!
『新本格魔法少女りすか』は、『化物語』『掟上今日子の備忘録』で知られる西尾維新の初期作品にして、未完のシリーズ作品です。
2003年から雑誌「ファウスト」で連載が始まった本作は、2007年に講談社ノベルスから単行本3巻が出版され、翌2008年にその続きとなる第10話が「ファウスト」誌上で発表されました。以降、雑誌の廃刊などもあり、シリーズとしては停止してしまいます。
私が『りすか』を手に取ったのは中学校の図書館だったので、恐らく2009年頃。その頃は西尾維新関連の新作や新展開がある度に「りすかの続きは?」とか「世界シリーズどうなってるの?」とか言われていまた気がしますが、最近はそんな声すらも聞かなくなったように思います。
しかし、この度同じく講談社の文芸誌「メフィスト」の2020年VOL.1から連載が再開され、合わせて1巻が文庫化しました。今後、8月に2巻、12月に3巻の刊行が予定されています。
〇あらすじ
本作の主人公は、佐賀県に住む少年・供犠創貴(くぎ きずたか)と、”魔法の王国”長崎からやってきた魔法少女・水倉りすかのコンビ。「使える手駒」を集めている創貴と、強大な魔法使いである父親を捜すりすかは、互いの目的のため、協力して様々な魔法使いたちと対峙していきます。
魔法使いといっても、彼らは様々な魔法を使い分けるわけではなく、基本的には一人につき一つの能力しか持たないので、ジャンルとしては三部以降の『ジョジョの奇妙な冒険』のような能力バトルに近い趣があります。
また、本作の「魔法少女」という概念については、「プリキュア」や「まどマギ」のような変身ヒロインではなく、それ以前の「魔女っ子もの」の流れを汲んでいるとのこと。豆猫さん*1の以下のブログで分かりやすく解説されているので、是非こちらをご覧ください。
〇以下、思い出
私が『りすか』を初めて読んだのは、前述のとおり中学生のときでした。物語の内容については、もうほとんど忘れていたのですが、影縫いを使う魔法使いの屋敷に潜入するエピソードが、とても嫌な読後感だったことは覚えていました。
該当のエピソードはこの1巻に収録されていて、「第二話 影あるところに光あれ。」がそれです。読み始めてすぐ「嫌な印象のエピソードだ!」と思い当たったのですが、具体的にどこで嫌な印象を持ったのかが、なかなか思い出せません。無事、敵の魔法使いも撃退され、記憶違いかなと思っていたところで、終盤も終盤、”それ”が起きました。創貴、お前……。
当時よっぽどトラウマになったのか、その場面にいたるまで、その展開をまったく思い出せませんでした。どうやら記憶の封印に成功していたようです。
さて、ここで気になるのは、当時中学生だった私は創貴という主人公をどう思っていたのかなということです。自分は大人も含めた周囲の人間より圧倒的に有能であると信じて疑わず、将来の”手駒”を厳選しているという、まあ、いけ好かない主人公です。
いまになって読むと、本人の自信の割には、見落としや読み違いがあって、そこが愛嬌かなとも思うのですが、当時の私はもしかしたら自信たっぷりな創貴に憧れていたかもしれません。
まあ、普通に嫌いだったかもしれませんが、りすかたちを狙う刺客の称号と名前が次々に明かされるという、強烈に中二心をくすぐる三話の引きを読ませられては、どちらにせよ2巻を手に取るほかなかったでしょう。
『タイタン』野﨑まど――「バビロン」「HELLO WORLD」の野﨑まど、<仕事>を巡る最新SF
野﨑まどの新作のテーマは「仕事とは何か」。ありふれた問いのようでありながら、その実答えようと思うと言葉に詰まってしまうテーマですが、本作では心理学者の主人公と人工知能とのカウンセリングを通して、その問いの答えを導きます。
舞台となるのは今から200年ほど未来の世界。人口知能の技術が発達し、すべての労働を人工知能タイタンとそこに接続した機械が行うようになった結果、ほとんどあらゆる「仕事」がなくなりました。さらには、素材の革命と、人間よりも効率的なタイタンの働きによって生産のスピードが消費に追いついたことで、貨幣経済すらもなくなり、ショッピング(買い物)の言葉はコレクト(収集)に置き換わっていきました。
そんな世の中でもなくならずに残っている仕事があります。それが人工知能タイタンの管理に関わる仕事です。趣味で心理学を学んでいた主人公の内匠成果(野﨑まど作品には珍しく女性主人公です)は、まさにその仕事にスカウトされてしまいます。与えられたミッションは人工知能のカウンセリング。
世界12か所に存在するタイタンの知能拠点のうち、日本にある第二知能拠点・コイオスの謎の機能低下の原因を探るため、成果は管理責任者のナレイン、研究者のベックマン、エンジニアの雷祐根(レイ ウグン)とともに、コイオスの人格化、そして彼との対話に挑みます。
仕事から解放された人間、そんな世界でも仕事を続けている人間、そして人間のために仕事をしている人工知能。この三者が集まって、仕事とはなにかを探っていきます。
導入としてはここまで。ここから物語はどんどん展開していきます。未読の方にはネタバレなしで読んでいただきたいところですが、もし読むかどうか悩んでいて、ネタバレはあまり気にしないよという方は、以下に最大のおすすめポイントを書きましたので、そちらをご覧ください。
~~~以下、ネタバレ~~~
本書の第一部は知能拠点におけるタイタン・コイオスの人格形成とカウンセリングがメインとなります。人格形成実験の結果、幼い少年のアバターを獲得したコイオスですが、いろいろあってメインフレームごと、日本からアメリカ西海岸まで移動することになります。
そしてここが最大のおすすめポイントなのですが、そこから「おねショタロードムービー」が始まるのです!
演算能力は高くても、人格としてはまだまだ幼いコイウス。そして先生としてコイウスに接するものの、自身も仕事をした経験もなければ、家事炊事もタイタン任せだった内匠成果。太平洋沿岸を旅しながら、コイウスと成果は料理に挑戦してみたり、タイタンが普及していない土地を探検してみたりしながら、互いに成長していきます。目的地につくまでの短い期間でたくさんの楽しい思い出をつくろうとする二人の姿と、それらを経験したからこそたどり着いた答えが胸に響きます。
そしてこの物語は、終盤になってさらに大転回します。野﨑まどのストーリーテリングに翻弄されながら、成果とコイウスの関係性を堪能してください。
『ピュア』小野美由紀――驚異のPV数を獲得した短編が書籍化!生と性を巡る官能SF短編集。
2019年の5月に早川書房のnoteにアップされたところ、20万を超えるPVを獲得し同noteの歴代アクセス数1位となった「ピュア」。
愛する人ともっと話したい、だけどそれよりも、交わった果てに食べてしまいたい。そんな究極の葛藤を描いた表題作のほか、「性」と「生」を巡る物語が計5編収録されています。
〇「ピュア」
遺伝子操作の結果、女性だけが身体的に進化した未来の世界。女性は強靭な肉体を得た代償に、性行為をしたあと相手の男性を食べなければ妊娠できない身体になってしまいました。女学生たちが集められた人工衛星・ユングで暮らし、月に一度荒廃した地球に降りて、肉体労働に従事する男性を”狩る”。そんな普通の女子校生であるユミは、あるとき地球で出会った少年・エイジに恋をしてしまいます。
エイジと交わって食べてしまいたい(比喩でなく)という肉体的な欲求と、エイジと逢瀬を重ねたいという感情のジレンマで葛藤するユミ。SFな設定こそとっつきにくく思えるかもしれませんが、性に基づく肉体的な欲求と、それを制御しようとする理性の板挟みとなる苦しみは、普遍的なテーマと言えるのではないでしょうか。
エログロのレッテルを貼られることもあるかもしれませんが、エロもグロも物語に必要な描写であり、ただただ過激さだけを売りにするような作品ではありませんので、「エログロはちょっと……」という方にもおすすめです。
また、本作の個人的な推しポイントは帯にあります。帯の裏側には、「ピュア」本文から抜粋され台詞が書かれています。
誰もさ、オトコだってコドモだって、私たちの身体の中に、入ることなんて、できないんだよ(p.42)
この台詞から、あなたはどのようなメッセージを読み取るでしょうか。私の場合は、どんなに望んだところで母親の胎内には戻れない、つまり、全てのしがらみや責任を放り出して絶対的な母性に庇護される存在に戻ろうとしてもできない、という意味に捉えました。今思うと、非常に主観的で男性的な考え方だったなと思います。
いざ本文で該当箇所に出くわすと、これが思っていたのとはまったく違う文脈で語られていて、しかもそこには私の知らない価値観があって、驚きと感動がありました。これこそ読書の醍醐味ですね。
さて、自分だったら愛する人を食べたい(食べられたい)か問題ですが、男の私としては食べられたくはないです。(死にたくないので。)
ただ、自分がこのピュアの世界に生まれていたらと考えると、地上でこき使われていたところで何も為せそうにもないので、いっそのこと誰かに食べられて、「いのちを繋いだんだ」と、何かを為した気になって死にたいかなと思います。
〇バースデー
性変容(トランスフォーム)技術で、幼馴染が急に男になって現れたら、という物語。公開されているあらすじでは、主人公の性別が分からなくて気になった記憶があります。同性が異性になったのか、異性が同性になったのかで、物語の雰囲気も随分変わるのではと思ったのですが、同性(女)の幼馴染が異性(男)に変わったパターンでした。
元の姿に戻ったのだという幼馴染に対して、主人公は女同士でずっと一緒に過ごしてきた時間を否定されたように感じ、すれ違ってしまいます。恋愛小説は普段あまり読まないので、二人の気持ちの変化に、素直にドキドキしながら読むことができました。個人的に一番お気に入りの短編です。
〇To the Moon
「月人」の遺伝子が色濃く発現した人間は、17歳前後になると突然全身の細胞が月人化し、全ての記憶をなくして月へと飛んで行ってしまう。主人公の望は、そうして月人となって月へ登って行ってしまった親友の朔希と、十年ぶりに再会します。
ストーリーの中身は全然違いますが、父親に虐待される少女と、その唯一の友達というキャラクターの配置に『マイ・ブロークン・マリコ』を思い出しました。ただし、こちらは虐待される側の女性が主人公となっています。
作品への安易なレッテル貼りは、宣伝として有効に働く場合もあれば、その逆もあるかと思います。この『ピュア』という短編集は後者だと思うので、ここでこっそり述べますが、この「To the Moon」、百合SFでした。最後の二人の選択が胸にきます。
ちなみに、個人的なジャッジでは「ピュア」も「バースデー」も百合SFといって差し支えないでしょう(ガバガバ)。
そのほか、古代人の凍結精子と結合させるため、卵巣を提供することを父親から求められた女性の屈折した愛を描く「幻胎」と、「ピュア」のスピンオフである「エイジ」を合わせた計5編が収録されています。
『FGOミステリー小説アンソロジー カルデアの事件簿 file.02』――2ヶ月連続刊行の第2弾!ボリュームたっぷりの中編3本収録です
TYPE-MOONがおくるアプリゲーム『Fate/Grand Order』の公式ミステリ小説アンソロジー。file.01と2ヶ月連続刊行となっています。file.01では60ページほどの短編が5本収録されていましたが、このfile.02では中編が3本収録されており、本数こそ減っているものの、厚さはfile.01を上回っていてボリュームたっぷりです。
執筆陣はシナリオライターのamphibian、内科医で小説家の津田彷徨、そして『薬屋のひとりごと』の日向夏の三人。どの作品もそれぞれの作家の得意分野といえるような状況が設定され、マスターの藤丸立香とサーヴァントたちが謎に挑みます。
file.01の感想にも書きましたが、個人的にFGOのシナリオの面白さは、「時代」「場所」「登場するサーヴァント」を自由に組み合わせられることにあると思います。よってカルデア内で完結する物語よりも、どこかにレイシフトするストーリーの方が好みなのですが、今回の三編はどれもそれぞれの作家が本領発揮できるようなチョイスがされていて、とても良かったです。
〇amphibian「鎌切村忌譚」
時代:??? 場所:鎌切村 味方サーヴァント:宝蔵院胤舜、刑部姫、清姫
「一切完勝」後の下総国を探索していた立香たちは、ふとした拍子に謎の廃村に迷い込んでしまいます。そこは既に寂れていて無人の村でしたが、所々に通称”鬼婆スポット”があり、触れると鬼婆が現れて戦闘になってしまいます。当然のようにカルデアとの通信も途絶し、さらには夜が更けるととあるイベントが起きたあと同じ一日がループするという異様な状況で、立香は宝蔵院胤舜、刑部姫、清姫らとともに鎌切村の謎に挑みます。
先述の鬼婆スポットに触れることでエンカウントする鬼婆は、倒すことで遺骨や遺髪などをドロップします。それらを一定数集めて供養すると、立香は段階的に鎌切村の歴史を幻視します。この流れは、特定のクエストを周回してアイテムを集めたり、ミッションをクリアしたりすることでシナリオが解放されるという、FGOのイベントでよくある流れを踏襲したものでしょう。
個人的な嗜好としては、「クラス相性やAP、聖晶石などは、あくまでFGOをゲームとして成立させるための設定であって、小説やマンガなど別メディアにおいては無視してほしい」派なのですが、この「鎌切村忌譚」はFGOの「期間限定イベント」というゲーム的要素を巧みにストーリーのうちに落とし込んでいます。
鬼婆を延々と倒していくうちに、物語は意外な方向に展開していきます。この辺は二次創作的なアンソロジー企画だからこそできるような大ネタで、面白かったです。***好きのマスターには彼女の可能性の一つとして、ぜひ読んでほしい物語でした。
〇津田彷徨「ロンドン黒死病事件」
時代:16世紀初頭 場所:ロンドン 味方サーヴァント:マシュ、ナイチンゲール
新たに見つかった特異点を修正するため、黒死病が蔓延する16世紀初頭のロンドンへ向けて藤丸はレイシフトします。ともにカルデアからレイシフトするのはマシュと、そしてナイチンゲール。黒死病が蔓延しているという状況の中、ナイチンゲールというのは納得の人選ですが、彼女の他にも医療系サーヴァントが登場します。
聖杯の反応を探知して藤丸たちが向かった巨大な病院では、院長代理をジキルが、内科部長をパラケルススが、そして外科部長をサンソンが務め、それぞれがそれぞれの方法で黒死病と戦っていました。患者の脱走事件や、次期院長選挙、そして何より黒死病に対する対処方針の違いによって対立する彼らの間に、王室からの調査員という体で藤丸たちが介入します。
聖杯所持者は何を望んでいるのかという”ホワイダニット”をめぐる、現役医師ならではのFGO×医療×ミステリが展開します。
〇日向夏「密室遊郭」
時代:江戸時代? 場所:置屋「うつせみ屋」 味方サーヴァント:???、???、???、???
気がつくと、遊女たちが暮らす置屋という建物の庭に倒れていた藤丸立香。なぜ自分がここにいるのかも分からないまま、藤丸立香はその「うつせみ屋」という置屋で下働きとして暮らすことになります。次第に「異端なるセイレム」のシバの女王のように、サーヴァントたちが何らかの役割を与えられて生活しているらしいことが分かるのですが、認識疎外のかかった藤丸立香には正しく相手の姿を捉えることができません。そんな状況でわずかなヒントを手掛かりにサーヴァントたちの真名を看破しながら、真相に近づいていきます。
各中編の扉絵をpakoさんの書下ろしイラストが飾っているのですが、「密室遊郭」の扉絵を見ると、「ほとんどネタバレじゃん」と思われる方もいるかもしれません。実際六割ほどのネタバレなのですが、もちろん後でひっくり返されるので安心してページをめくってください。