汗牛未充棟

文章を書く練習も兼ねて、読んだ本の感想などを中心に投稿します。

【コラム】ソードアート・オンライン ”プログレッシブ” シリーズの3つの縦軸と10層問題

 本物のデスゲームと化したVRMMO-RPGソードアート・オンライン」。100層からなるゲームの舞台「アインクラッド」の攻略を、1層から順番に描くSAO外伝プログレッシブシリーズは、最新7巻が先日発売されました。7層にたどり着いたキリトとアスナは、ベータテスト時にキリトが全財産を失った因縁の「モンスター闘技場」で、イカサマ破りに挑みます。

 

 
 今秋には劇場版の公開も決定したプログレッシブシリーズですが、そもそもどんなストーリーで、本編との違いはどこにあるのでしょうか。

 


www.youtube.com

 

 『ソードアート・オンライン』はシリーズ本編が現在25巻まで出ている長期シリーズですが、実はタイトルになっている「ソードアート・オンライン」というゲームでの出来事が描かれているのは、そのうちのごく一部でしかありません。なぜならば、本編の1巻で「ソードアート・オンライン」自体は主人公キリトによってクリアされているからです。1巻ではゲームの始まりと終わりの部分が描かれ、その間の出来事はいくつかの短編で補完されました。

 とはいえ作中では攻略までに二年の月日が流れており、その間の出来事は多少の短編では語り切れません。そのため100の層からなるSAOの舞台「浮遊城アインクラッド」の攻略を、改めて1層から順番に描いていこうというのがプログレッシブシリーズの概要です。

 

 しかしこのシリーズもいきなり書籍化されたわけではありません。始まりは『電撃文庫MAGAZINE Vol.25 2012年5月号』の付録「”まるごと1冊”川原礫 アクセル・ワールドソードアート・オンライン」に掲載された「星なき夜のアリア」という短編にあります。

 プログレッシブ2巻のあとがきによると、この短編はアニメのために書き下ろされたということ。アニメでは物語の順番を、時系列順に並べ替えていましたが、そうすると序盤の展開が薄くなってしまいます。それを補うために、キリトとアスナの最初の出会いと、第1層を攻略するまでのお話が書かれたようです。

 1層のボスを倒したあと、とある事情からキリトはプレイヤーのベータテスターに対する不信や不満を一身に引き受けて、ソロプレイヤーの道を進んでいくことになります。そして一時的にコンビを組んでいたアスナに対しても、「もしいつか、誰か信頼できる人にギルドに誘われたら、断るなよ(1巻,167頁)」と告げて、別れてしまいます。

 ここからキリトとアスナが別々の道を歩み始め、やがてトップ層の攻略者集団の一員として再び二人が巡り会うのが、本編及びアニメルート。2層ですぐに再会した二人が、いろいろあってなし崩し的にそのままパーティーを組むようになるのがプログレッシブルート、という捉え方ができるのではないでしょうか。

 

 さて、このプログレッシブシリーズは、攻略する層ごとにパズルやカジノなど様々なテーマがあり、毎回違った面白さを見せてくれますが、シリーズを通して進行する三つのストーリー(縦軸と言ってもいいでしょうか)があります。

 一つ目は攻略ギルド間の対立です。1層のボス戦をきっかけに、攻略者集団は二つの派閥に分かれてしまいます。一方は、リソースを一部のプレーヤーに集中させることを主張するギルド《ドラゴンナイツ・ブリゲード(DKB)》。そしてもう一方は、広くリソースを分配することを主張するギルド《アインクラッド解放隊》です。反りが合わない両ギルドのため、時にはキリトとアスナが衝突回避に奔走します。

 二つ目は3層から続くキャンペーンクエスト《翡翠の秘鍵》。このクエストでは、プレイヤーは対立する森エルフと黒エルフのどちらかに加勢して物語を進めていきます。ベータテスト時の経験をもとに黒エルフに加勢したキリトたちでしたが、負けイベントに勝ってしまったことにより、クエストは未知の展開に突入します。負けイベントで死ぬはずだった黒エルフの騎士キズメルのことを、NPCであると知りながらも仲を深めていくキリトたちの姿は、SAO本編のアリシゼーション編を思わせます。

 そして三つ目はギルドの対立とキャンペーンクエスト、そのどちらにも関わって暗躍するPKerたちとの対決です。PKerとはプレイヤーキラーのこと。HPがゼロになれば現実でも命を落としてしまうという状況で、あえて殺人を行おうとするプレイヤーたち。そんなPKerたちの陰謀が、度々キリトに襲い掛かるのでした。

 

 刊行ペースはゆっくりですが、このように着実に進行しているプログレッシブシリーズ。しかし、10層のあたりで物語はとある重大な転機を迎えることになるはず。それが「10層問題」です。(もちろん私が勝手にそう呼んでるだけですが。)

 先ほども少し触れたように、プログレッシブはオリジナルに対し、一つ大きな矛盾を抱えています。それがキリトとアスナの関係値です。本来ならば、同じ攻略組として顔見知り程度の関係だったキリトとアスナは、アインクラッドの攻略がかなりのところまで進んだところで、とあるきっかけにより仲を深めるようになります。ちなみにこのエピソードは本編8巻に「圏内事件」というタイトルで収録されています。

 しかし、プログレッシブでは2層で再会した二人はそのままパーティーを組み続け、序盤からグイグイと距離を近づけていきます。オリジナルの展開に戻すためには、どこかで別々の道を選ばなければいけません。

 集団とは敢えて距離を保っているキリトですが、アスナについては「集団を導く才能を持っている」「こんなところにいるべきではない」と考えている様子が度々描写されます。それでも「そのときが来るまでは」と、ベータテスターとしての知識や経験を元にしてアスナを導くキリトですが、「そのとき」は着々と近づいてもいます。それが10層、すなわちベータテスト時の最終到達点です。そこに至ればキリトのベータテスター=ビーターとしての優位もなくなり、二人がパーティーを組んでいる理由の一つがなくなってしまいます。

 また、一つ手前の9層ではキャンペーンクエストが終わることになっています。オリジナルの展開に従うならば、NPCのキズメルとはここで別れなければいけないことになります。しかしプログレッシブからの新規キャラクターであるキズメルとも既に長い付き合いになり、読者としても愛着のあるキャラクターになりました。

 私としては、オリジナルとの整合性はこの際捨てて、主人公キリトと単独ヒロインのアスナ、そしてキズメルやアルゴも含めたその周辺の人々の物語としてプログレッシブシリーズは展開していってほしいと思います。

 どう転ぶにせよ、転換点となる9-10層の物語は大きな盛り上がりを見せてくれることでしょう。

花田一三六『蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale』――【レビュー】三文文士と毒舌妖精のスチームパンク・ロードノベル

 挑発的な表情の少女のイラストが目を惹く花田一三六『蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale』は、三文文士毒舌妖精のコンビによる、スチームパンク・ロードノベルとなっています。

 ロードノベルはそのまま旅行記でいいとして、ジャンル名としてよく聞く「スチームパンク」とは具体的にはどういうことか。今回はそんなところから本作『蒸気と錬金』の紹介をしていきたいと思います。

 

 

  

スチームパンクってなに?

 スチームパンクとは何か。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」2021年2月4日放送分のスチームパンク特集*1から、大森望添野知生による解説を参考にすると、「スチームパンク」という言葉を生み出したのは、K・W・ジーターというアメリカの作家であったとのこと。

 彼は1979年頃から、ヴィクトリア朝を舞台とし、そこに未来のテクノロジーや魔法を取り入れたSF・ファンタジー作品を、仲間たちとともに書いていました。そうした作風は次第に人気になっていき、1987年にSF誌上でジーターがそれらを「スチームパンク」と呼称したのでした。もちろん当時流行っていた「サイバーパンク」ありきの呼称で、半ば冗談めいた命名だったようですが、結果的に定着し、その名称は現在まで残っています。

 その後1990年には『ニューロマンサー』でサイバーパンクというジャンルを創り上げたウィリアム・ギブスン、そしてブルース・スターリングの共作で、スチームパンクの決定版とも言うべきディファレンス・エンジンが発表されました。

 ギブスンらはジャンルの定義として、オルタナヒストリーオルタナ科学史、つまり蒸気機関に代表されるような現代とは異なる技術の発展した世界を描くことを条件としていたようです。他にも「蒸気機関は必須」だとか「舞台はヴィクトリア朝のイギリスであるべき」といった意見もありますが、現代においてはジャンルの定義は曖昧になっているようです。

 個人的な見解としては、スチームパンクという試みの神髄は、蒸気機関のような個々のガジェットではなく、前時代の世界(観)に非現実的なテクノロジーを組み込むという試みと、それにより生まれる異世界の趣にあるのではないかと思います。

 

『蒸気と錬金』は贅沢なスチームパンク

 では、それらを踏まえて『蒸気と錬金』の世界観はどのようになっているでしょうか。まず、物語の始まりとなるのは、1871年のイギリス、まさにヴィクトリア朝時代です。そしてもちろん蒸気技術も、実際の歴史とはかけ離れた発展をしています。それは蒸気技術ではなく、蒸気錬金術というものなのですが、それについては後述するとして、本作にはもう一つ大きな特徴があります。

 主人公の作家が旅することになるアヴァロン島ですが、それは大西洋のど真ん中に鎮座しており、そこに暮らす人々は<恩寵(ギフト)>を源に<理法(ロー)>を操るのだと言います。簡潔に言うならばすなわち、アヴァロン島には魔法使いが住んでいるのです。

 黎明期のスチームパンク作品について、ヴィクトリア朝を舞台に未来のテクノロジーや魔法を取り入れた作品と先述しましたが、この『蒸気と錬金』はヴィクトリア朝時代にオルタナ科学と魔法の両方を突っ込んだ、ある意味とても贅沢なスチームパンク作品なのです。

 

『蒸気と錬金』は最新のスチームパンク

 さて、魔法使いの住むアヴァロン島で、主人公がどんな珍事件に巻き込まれることになるのかは、実際に読んで確かめてもらうとして、ここでは蒸気錬金術というオルタナ科学について語りたいと思います。

 初期スチームパンクで描かれた技術は、ヴィクトリア朝の人々が思い浮かべるような未来の技術、すなわちレトロフューチャーだったそうです。ではスチームパンクの誕生から30年以上経ったいま、テクノロジーが格段に進歩した現代に生きる作家はヴィクトリア朝時代に何を持ち込むのか。その答えはパーソナルAIでした。

 ロンドンで暮らす人々が身に着ける<帽子>は、正式名称を蒸気錬金式幻燈機といいます。その幻燈機からは小動物や妖精、幻獣など、様々な幻燈種(ファントム)が投影されます。それらファントムには、例えば旅の記録を取らせたり、地図を覚えさせたりすることができるほか、ファントム同士で情報のやり取りも行えます。要するに、スマホのような個人端末の役割を果たすのです。さらにファントムは、簡単なコミュニケーションも取ることができます。こればかりは、過去の作家には書き得ない設定といえるのではないでしょうか。

 ただコミュニケーションといっても、さすがに定型的な応答しかできないとされていました。しかし、アヴァロン島に旅立つ直前になって、主人公が成り行きで手に入れた<帽子>のファントム・ポーシャは、かなりの毒舌で、主人公のやることなすことに茶々を入れてきます。

 そもそも編集者からの勧めで行くことになったアヴァロン旅行ですが、その旅行には出発前から不穏な陰謀の気配がつきまといます。しかしなぜかそれに気づけない迷ってばかりの三流作家と、表紙イラストの表情の通り勝ち気で主人公をからかうことに全力を挙げるポーシャの道行きは、いったいどんなものになるのでしょうか。

オキシタケヒコ『筺底のエルピス7-継続の繋ぎ手-』――【コラム】繰り返される《門部》攻略戦。《門部》という筺の底に希望は眠るのか。

 (※記事中に7巻までのネタバレを含みます。)

 憑依した人間に抗えない殺人衝動をもたらす「殺戮因果連鎖憑依体」。そのような超常の存在に対し、「停時フィールド」という能力で戦う人々を描いたSF異能バトル小説『筺底のエルピス』の待望の7巻が発売されました

 停時フィールドとは、展開することで空間内部の時間を止めることができる能力。その展開できる範囲や持続時間などのパラメータは使い手によって様々ですが、フィールドの境界面はあらゆる物質を切断するため、すべての攻撃が一撃必殺となりうる脅威を持ちます。

 全五章となることが予告されている『筺底のエルピス』ですが、この7巻「継続の繋ぎ手」は第四章「標なき道」を締めくくる物語になっています。

 

 

 

第一章~第四章 振り返り

 第一章「絶滅前線」(1巻)では主人公・百刈圭が所属する日本の鬼狩り*1組織《門部》と、世界最大の宗教を基盤とする鬼狩り組織《ゲオルギウス会》との、”白鬼”をめぐる対決が描かれました。

 第二章「夏の終わり」(2巻)では、謎に包まれた最後の鬼狩り組織《》が《門部》を襲撃。《門部》本部は陥落し、圭は《門部》当主でもある妹の百刈燈、そして数人の仲間たちとともに、本部から逃走します。

 第三章のタイトルは「廃棄未来」(3,4巻)。圭たちに残された逆転の手段は、停時フィールドを利用した過去へのタイムトラベルでした。絶望の未来を切り捨て、希望の残る過去へ戻るため、決死の逃亡劇が繰り広げられます。

 そして物語は第四章「標なき道」(5~7巻)へといたります。《門部》崩壊の未来は廃棄され、その未来から持ち帰られた”黒鬼”のデータを元に、三つの鬼狩り組織は、互いに協力する道を探り始めます。そんななかで圭が知ることになったのは、人類に停時フィールドをはじめとした鬼狩りの力を与えた異星知性体の思惑と、それによる人類滅亡を防ぐために、抗うことを決めた人々の秘密でした。

 しかし突如として、異星知性体の上位存在が《門部》当主である燈の体を乗っ取り、一瞬で《門部》を制圧してしまいます。《門部》が保護する白鬼を異星知性体が手に入れれば、人類の滅亡が確定してしまう。7巻では、燈を取り戻すため、異星知性体の手駒にされた最強の柩使い”たち”が待ち受ける《門部》本部の攻略に挑みます。

 

繰り返される《門部》本部の攻略

 この「《門部》本部の攻略」というのは、シリーズのなかで、形を変えて何度も描かれてきた展開でもあります。この《門部》本部こそが、『筺底のエルピス』における「パンドラの箱(筺)」といえるのではないでしょうか。

 そもそも『筺底のエルピス』という作品タイトルは、ギリシャ神話の「パンドラの箱(筺)」の逸話に由来します。Wikipediaを参照すると、パンドラ(パンドーラー)とは神々によって作られた人類最初の女性で、神々に決して開けてはいけないと言われた箱(本来は甕)を開けてしまったことにより、そこから様々な災いが飛び出してしまいます。しかし「エルピス(希望、予兆)」だけは飛び出していかず、箱の中に残ったのでした*2

 百刈圭の操る停時フィールドの形状が直方体、すなわち箱の形をしていたりと、作中様々な形で、この逸話はモチーフとして取り入れられていますが、「《門部》本部」もまた「パンドラの箱」の一つのメタファーと言えるのではないでしょうか。

 《門部》の底にあるエルピスを求め、様々な人々が《門部》の攻略に挑みます。始めに《門部》の攻略に挑んだのは、最大規模の鬼狩り組織《I》の不死者でした。白鬼の引き渡しを要求して《門部》に攻め込んできた彼らですが、その行動は《門部》に捨て身の《捨環戦》を実行させ、鬼の封伐ができなくなった世界には、結果的に災厄が溢れかえることになってしまいました。

 二度目の《門部》攻略は、その《捨環戦》の終盤で行われました。制圧された《門部》から逃げ出した圭たちですが、希望の残る未来を取り戻すためには、再び《門部》最深部に戻らなければなりません。それは守りを固める《I》を打倒して、という前提でしたが、黒鬼の出現により世界の荒廃が行くところまで行ってしまった世界で、意外な決着を迎えることになります。結果として絶望的な未来を廃棄し、希望(エルピス)を取り戻したと言える《門部》勢力ですが、それは他に類を見ないような絶望感を読者に与えるような結末でもありました。

 そして三度目の《門部》攻略が描かれるのが最新7巻「継続の繋ぎ手」です。人類滅亡までの数十分で、最強の柩使いたちが待ち受ける《門部》を攻略しなければいけないというのは、いかにも絶望的ですが、オールスターで挑む攻略は、とてもロジカルかつ興奮の展開でした。

 

確定した”終わり”を覆せ

 さて、残すは第五章のみというところまで来てしまいましたが、登場人物たちの置かれた絶望的な状況にはまだ変わりありません。白鬼に憑かれた結は、いつか黒鬼となって災厄を引き起こしてしまうでしょう。ヒロインである叶とカナエも、どちらかが死ぬまで一本角の強大な鬼に襲われ続ける運命にあります。そもそも作中の人類全体が、いつか鬼によって絶滅する未来を辛うじで先延ばししている状況です。”終わる”ことが確定しているような詰んだ状況ですが、しかし解決方法は2巻で間白田が示しています。

 《門部》と《I》、正面から戦えば一切勝ち目のない戦力差ですが、間白田は《捨環戦》をしかけて”負けない”策を打ち出しました。つまり、相手の柩使いを倒したら勝ちという盤面から、勝利条件を設定し直したと言えるでしょう。

 作中でラスボス的な存在感を放つ異星知性体の上位存在ですが、それを倒しても「殺戮因果連鎖憑依体」の問題が解決するわけでもありません。そんななか、圭たちがいったいどんな勝利条件をたてるのか、どんなエルピスを見出だすのか。第五章「絶望時空」の開幕が楽しみです。

*1:ここでいう鬼とは殺戮因果連鎖憑依体のこと

*2:パンドーラー - Wikipedia

梧桐彰『その色の帽子を取れ-Hackers' Ulster Cycle-』&竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』――【レビュー】”現在”を描いた二つのSFから見る技術(者)と倫理

 昨年11月に出版された二つのSF作品。両者に関連はありませんが、どちらも現在の技術、もしくはその延長線上のごく近いところにある技術を扱ったSFサスペンスという点で、共通しています。さらに、物語の軸として、二人の男性の関係性の変化を描いている点でも類似します。

 似ているようでありながら、実は正反対でもあるこの二作をあわせて読んでみると、社会の先端で未来を創っている技術者たちのジレンマが見えてきました。

 

 

 まずは梧桐彰『その色の帽子を取れ-Hackers' Ulster Cycle-』。こちらはカクヨムで2018年から連載されていた同タイトルの書籍化作品で、公式のあらすじには”既存技術のみで描いたハッカーたちのドラマ”と謳われています。

 主人公は、とある事情で職を失った青年、ショウこと進藤将馬。彼はかつて、高校時代からの相棒であるサクこと木更津朔と”クー・フーリン”というセキュリティシステムを作り上げました。クー・フーリンには深層学習を利用した人工知能が搭載されており、従来のシステムでは手に負えない、より複雑な攻撃にも対応します。その実力が対外的にも認められたクー・フーリンでしたが、人工知能の開発を担当していたサクが突如として失踪、クー・フーリンもお蔵入りになってしまいます。以来、サクを探し続けていたショウですが、あるとき彼の前に仮面に車椅子の女が現れ、クー・フーリンの追加機能を差し出して、「木更津朔は生きている」と告げるのでした。

 作中で印象に残ったモノローグに、「現実の犯罪者は一斉にサイバー犯罪に走っている。泥棒や麻薬や売春で稼いでいるのは、時代から取り残された連中なのだ(p.63)」というものがあります。PCがなぜ動いているのかを知らず、インターネットの仕組みも分からない純然たるユーザーでしかない私には、別世界のことに思えて実感は湧きませんが、事実、大規模犯罪とサイバー技術はもはや不可分のものとなっているのでしょう。そしてサイバー犯罪に対して、いちユーザーでしかない我々も無関係ではいられません。『その色の帽子を取れ』は冒頭、ハッキングによって引き起こされた大規模な災害の場面で始まりますが、それが創作上の誇張でないことは、先日アメリカで起きた飲料水の汚染事件*1が示しています。

 しかし、アメリカで水道が汚染されたからといって、 じゃあセキュリティのことを勉強しようとはならないのもまた事実。そんな一般人の無知・無関心と、それに伴う法整備の遅れが、サクに道を違えさせる動機を与えてしまいます。ネットワークの自由と人々への啓蒙のため、サクは白い帽子ではなく、黒い帽子を取ってしまうのでした。

 白と黒の帽子とは、ショウとサクを見いだしたセキュリティ会社代表のハサウェイが彼らに語った言葉で、白い帽子=ホワイトハットは正義と秩序のために技術を使うハッカーを、黒い帽子=ブラックハットは社会の混乱や破壊のために技術を使うハッカーを意味します。そしてまだ帽子を選んでいない若くて優秀なエンジニアは、簡単に道を誤ってしまうと、彼らに忠告するのでした。

 二人で同じ道を歩んでいたはずが、別々の色の帽子を選んだことによってショウとサクの道は違え、やがて決定的な訣別を迎えてしまうことになります。しかし一方で、別々の道を歩んでいたのに唐突にその道が交わり、お互いに黒の帽子を取って快進撃を繰り広げてしまうコンビもいます。それが『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』の三ノ瀬と五嶋のコンビです。

 

 

 竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』は、第八回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を獲得した作品。投稿時のタイトルは『電子の泥船に金貨を積んで』といい、改題の是非について一時話題になりました。(個人的には、最初はダサいタイトルだと思いましたが、だからこそ記憶に残ったし、読後のいまではふさわしいタイトルだと思います。)

 生粋の技術オタクであり、AI技術開発チームの一員として働いていた三ノ瀬ですが、上司に反発して会社をクビになり、さらには両親の借金によって今にもヤクザによってバラされようとしていました。そんな三ノ瀬の元に現れたのは、サングラスにアロハシャツという、いかにも軽薄そうな身なりの五嶋という男。犯罪コンサルタントを生業にしているという五嶋は、三ノ瀬に対して現金輸送車の奪取を持ちかけます。

 狙うのは完全自動運転で動く特殊車両、通称《ホエール》。しかも、たとえ首尾よく現金を強奪しても、首都圏ビッグデータ保安システムという治安維持システムの普及により、逃げ場はありません。そんな状況を三ノ瀬と五嶋の二人は、Adversarial ExampleというAIを”騙す”技術によって打開していきます。さらに現金を奪ってからも、一度犯罪に関わってしまった三ノ瀬が簡単に解放されるわけもありません。それ以降もカジノのシステムを攻略したりと「オーシャンズ」や「007」ばりのクライム・サスペンスに、三ノ瀬は巻き込まれていくのでした。

 あくまでSF作品としての評価を定めるハヤカワSFコンテストでは、惜しくも優秀賞となってしまいましたが、エンタメとしての完成度でいえば文句なく素晴らしい作品なので、ぜひ手にとってほしい一冊です。

 さて、主人公の三ノ瀬について、あらすじだけを読むと、犯罪に巻き込まれてしまった哀れな技術者とも捉えられます。しかし三ノ瀬は、一種の積極性を持って犯罪に荷担していきます。ここで先程のハサウェイの言葉を思い出さずにはいられません。まだ帽子を選んでいないエンジニアは、簡単に道を誤ってしまいます。三ノ瀬も自分の技術や思い付きを試す場を求め、簡単に善悪の垣根を踏み越えてしまいます。

 「立場でも、善悪でも、損得でもない。僕は今、技術の話をしているんです」(p.70)

 この三ノ瀬の台詞は状況を踏まえると大変にかっこいい台詞なのですが、明らかに一般的な倫理観といったものは眼中にありません。裏を返せば、技術の発展というものは、人間の都合や倫理とは離れたところにあってほしいという、技術者の理想があるのかもしれません。

 片や、ともに歩んできた二人が、絆はありながらも、決定的な別れを迎えてしまう物語。
 片や、反りの合わない二人が出会い、なんだかんだパートナーシップを築いていく物語。

 正反対でありながらも、どちらも面白いSFサスペンスであることに代わりなく、おすすめの作品です。
 

時雨沢恵一『レイの世界 -Re:I- 1 Another World Tour』――”ⅡⅤ”発!すこし ふしぎ なアイドル活動【レビュー】

 時雨沢恵一黒星紅白という鉄板コンビの新作『レイの世界』は”ⅡⅤ”が手掛ける初の紙書籍として刊行されました。ですがそもそも、”ⅡⅤ”とはいったい何なのでしょうか。

 

レイの世界 ―Re:I― 1 Another World Tour

レイの世界 ―Re:I― 1 Another World Tour

 

 

 

”ⅡⅤ”ってなに?

 ”ⅡⅤ”(トゥー・ファイブ)とは、2018年に生まれたドワンゴ発のオリジナルIPブランドです。所属クリエイターとして、時雨沢恵一成田良悟蒼山サグといった電撃文庫の作家陣が名を連ねていますが、”ⅡⅤ”は小説だけでなく、様々なメディアの作品を手掛けています。

 例えば、成田良悟の原作で「虫籠の錠前*1」という実写ドラマがWOWOWで放送されました。また、SUNTORYの公式バーチャルYouTuberの「燦鳥ノム*2」も”ⅡⅤ”でプロデュースしています。さらに、「神神化身*3」というメディアミックスプロジェクトでは、小説の担当に斜線堂有紀を迎え、楽曲面では二つのチームが動画の再生数を競い合うといった試みも行っていたようです。

 もちろん小説も手掛けていて、これまでは電子版のみの刊行でしたが、この度いわゆる新文芸のサイズで”ⅡⅤ”ブランド初の紙書籍が発売されました。一作はこの時雨沢恵一&黒星紅白の『レイの世界』で、もう一作はお笑い芸人インパルス板倉俊之による『鬼の御伽』です。レーベル第1弾のラインナップとして、相当気合いが入っていると言えるのではないでしょうか。

 様々なメディアでコンテンツを打ち出しているものの、 いまだに大きなヒット作を出せていないように思える”ⅡⅤ”ですが、この新レーベルから大きなヒット作を生み出せるのか注目です。

 

『レイの世界』あらすじ

 主人公のユキノ・レイは、とある小さな芸能事務所に所属する新人アイドルです。女優と歌手を目指してレッスンをしていますが、まだまだ駆け出し。そんな彼女のもとに、マネージャーがステージや演技といった仕事を持ってきます。それぞれの仕事は、地方のお祭りの小さなステージだったり、とある映画の端役だったりと、新人アイドルらしい内容です。しかしそのどれもが、少し様子がおかしかったり、異様な状況で行われるのでした。

 この1巻は6編のショートストーリーで構成されており、それぞれの物語は事務所から始まって、仕事現場に行き、また事務所に帰ってくるという展開がお約束になっています。一種寓話的な雰囲気も含めて、読み心地は『キノの旅』と似た感じでしょうか。

 また一編ずつは短いながら、どのストーリーにもちょっとした仕掛けが施されているところに、ベテランの技を感じさせます。特に第四話は秀逸でした。仕事内容は巨匠監督の映画の撮影で、時間にすれば数分の演技なのですが、とある事情でその役はレイにしかできないと言われます。慣れないながらも撮影をきっちりこなしたレイですが、あとになって監督の真意を聞いて驚くのでした。余談ですが、この作中作の映画、あらすじがとても面白そうで、ぜひ観てみたくなります。

 

ユキノ・レイの魅力

 新人アイドル、ユキノ・レイのキャラクターも本作の大きな魅力です。オリジナルソングもない新人ではありますが、そんな彼女の強みは体と心のタフネスです。

 何十曲だろうと歌って踊り続けるのどの強さと底なしの体力が、体のタフネス。そして、誰も彼女のことを知らない、歌っても反応がないという完全にアウェイの状況でも、折れることなくステージに立ち続けることができる強さが心のタフネスです。しかし、そんな彼女にも秘密があるようで、続刊が楽しみです。

 

 電子書籍であれば2話ずつの購入もできるようなので、気になった方は気軽に読んでみてはいかがでしょうか。

 

 

冲方丁『アクティベイター』――圧倒的濃度の逃走・格闘・陰謀!500頁超のノンストップ・サスペンス!【レビュー】

 突如として日本の領空に現れ、羽田空港に着陸した中国のステルス爆撃機。搭乗していた女性パイロットは日本への亡命を希望するが、その爆撃機にはとある”積荷”が載せられていた。

 パイロットの身柄を巡る熾烈な格闘・逃亡劇と、事件の背後にある陰謀を暴くポリティカル・サスペンス。この両輪が『アクティベイター』の魅力ですが、本作の導入部分は、2008年に刊行された同著者のオイレンシュピーゲルWag The Dog』の展開をなぞっています。もちろんただの使い回しではなく、シュピーゲル4巻とはまた違った物語が描かれるわけですが、本作についてはシュピーゲルから”ライトノベル”の要素を抜いたものというのが、個人的な所感です。では、その抜けあとに入ったものはなんだったのでしょうか。

 

アクティベイター (集英社文芸単行本)

アクティベイター (集英社文芸単行本)

 

 

 物語は、二人の主人公の視点を交互に繰り返しながら進行します。一人目は、とある特殊な経歴を持ちながら、いまは民間の警備会社に勤める真丈太一。そしてもう一人は彼の妹の夫、つまり義弟である警察庁警備局の警視正鶴来誉士郎です。

 警備会社の上客である投資家の楊立峰の通報を受けて、彼の自宅に向かった真丈は、そこで瀕死の立峰を発見します。「捕まえろ」という彼の言葉を受けて、二人の中国人の殺し屋を制圧した真丈でしたが、そこに中国大使館の外交官を名乗る周凱俊という男が現れ、事件を揉み消してしまいました。自らの命も省みない立峰の覚悟に報いるため、真丈は周の追跡を始めます。

 一方、ステルス爆撃機の到来に混乱する羽田空港に派遣された鶴来は、ひとまず現場の主導権を握ります。しかしそこに防衛装備庁、外務省、経済産業省など各省庁から様々な人物が集まり、主導権と有事の際の責任の所在を巡る組織間の駆け引きが始まります。そんななか鶴来は、爆撃機には核が積まれているという驚愕の事実をパイロットから告げられますが、その直後、パイロットの移送中に彼女は拉致されてしまうのでした。

 

 そして周を追っていた真丈が、偶然そのパイロット、楊芊蔚(セン)を確保したことで、二つの事件は一つになり、真丈と鶴来はともに巨大な陰謀に挑むことになります。

 

 さて、「中国のステルス爆撃(戦闘)機」「亡命を希望するも、拉致される女性パイロット」など『オイレンシュピーゲル肆』と共通する部分があり、両者の違いは"ライトノベル"の要素の有無ではないかというのは、冒頭で述べたところです。『オイレンシュピーゲル』は角川スニーカー文庫、『アクティベイター』は集英社のハードカバーなので、両者の違いを「ラノベかどうか」で表すのは、トートロジーめいた言い方になってしまいますが、この場における"ライトノベル"とは、「少年少女の成長物語」を意味します。

 まず『オイレンシュピーゲル』とは2007年から2008年にかけて角川スニーカー文庫から刊行された作品であり、『スプライトシュピーゲル*1テスタメントシュピーゲル*2と合わせて「シュピーゲルシリーズ」と呼ばれています。舞台は近未来*3の国際都市・ミリオポリス。様々な事情で手足を失った少女たちが機械の義肢を与えられ、治安組織の一員としてテロと戦います。『オイレンシュピーゲルWag The Dog』では、ミリオポリスの空港に中国のステルス戦闘機が突然着陸し、亡命を求めてきた女性パイロットの身柄と戦闘機をめぐって、ミリオポリスの各治安組織と、パレスチナ系の武装組織、そして中国の工作員たちが三つ巴の闘争を繰り広げます。

 そして事件の傍らで、もう一つの軸として描かれたのが、主人公・涼月の成長の物語です。涼月は作中でことあるごとに、まだ自分が子供であることを突き付けられます。そして武装組織に潜入していたCIAのパトリックとともに敵と戦いますが、彼に自身の劣等感を指摘されてしまうのでした。そしてパトリックに導かれながら劣等感と向き合う術を学び、それに飲み込まれることなく、正しく力を振るうようになります。
 
 一方の『アクティベイター』は成熟した大人が主人公です。格闘能力や人心の把握・掌握技術など二人とも一流の技術を持っており、それを無闇に振るう未熟さもありません。しかし成長中の涼月が常に前を向いているとしたら、真丈や鶴来は妹(妻)の死という過去にとらわれ、後ろを見ているように感じます。特に真丈はパイロットのセンに妹の姿を重ね、自ら事件に飛び込んでいるような節もあります。この相違が二つの物語に異なる印象を与えているように思います。

 また、涼月には彼女を導く頼もしいパートナーがいましたが、真丈はツーマンセルが基本と言いながら、好んで単独行動をとります。信頼できる義弟は電話の向こうにいるため(こちらはむしろ涼月と鳳の関係を思わせます)、何らかの事情を抱えたパイロットのセンの信頼を得て、パートナーシップを築けるかというのも見どころの一つです。

 ぜひ500ページ超をノンストップで展開する逃亡・戦闘・陰謀に翻弄されながら、彼らがどのような未来を手にすることができるのか、見届けてください。

*1:2007-2008 富士見ファンタジア文庫 「オイレン」と同時進行で語られる、別の組織の物語。

*2:2009-2017 角川スニーカー文庫 「オイレン」と「スプライト」が合流した物語。

*3:といっても作中の時代設定は2016年ですが。

西尾維新『新本格魔法少女りすか』――シリーズ後半感想。12年なんて空白が酷く些細な問題なのが、この物語なの。

 西尾維新は最終回というものに一家言ある作家だと、私は認識しています。過去の作品はほとんど実家に置いてきてしまったので確認できないのですが、どこかのあとがきで最終回というものに対する言及もあったような気がします。なにより、〈物語〉シリーズであれだけ何度も最終回を書いているのだから、少なくとも得意ではあるのでしょう。

 そんな西尾維新が最終回を書くことができず、長いこと停止してしまっているシリーズ作品が二つありました。そのうちの一つ『新本格魔法少女りすか』が12年ぶりに再始動し、先日遂に最終4巻が発売され、無事完結を迎えました。

 

 

 私もこれを機に『りすか』を読み返したのですが、記憶していた以上に3巻が面白く、驚きました。それだけに4巻でどう決着するのか不安でもあったのですが、12年あるいは17年振りの結末として、満足できるものでした。ここでは3,4巻を中心にシリーズを振り返ってみたいと思います。

 

 主人公は己の野望のために「駒」を探しているという「魔法使い」使いの少年、供犠創貴。そして魔法の王国・長崎県の出身で、自分自身の時間を操る魔法使いの少女、水倉りすか。二人はりすかを創り上げた伝説の魔法使い、水倉神檎の手がかりを求めて、九州中の魔法使いを倒してまわっていました。

 1巻で『影の王国』影谷蛇之を退けた二人は、水倉神檎に繋がっているかもしれない『ディスク』の存在を知ります。2巻の冒頭で『ディスク』を奪取するために片瀬記念病院跡を訪れた二人は、同じく『ディスク』を目当てに現れた魔法使いツナギと遭遇、辛くも彼女を出し抜きます。

 そして『ディスク』が奪われたことをきっかけにして水倉神檎による『箱舟計画』が始動、『六人の魔法使い』が長崎県佐賀県を隔てる城門を越えて、それぞれ動き出します。ツナギこと『城門管理委員会』の創設者にして、たった一人の特選部隊である繋場いたちと協力して、『六人の魔法使い』の一人目を撃退した創貴は、残る五人と戦うため、りすか、ツナギとともに佐賀県を旅立つのでした。

 

 と、ここまでが前半2巻までのあらすじとなります。この後の展開を順当に予想するならば、福岡県、大分県と順番に九州をめぐりながら、二人目、三人目の敵を倒していくということになるのでしょう。しかし、読者の誰もが思いつくような展開は、裏切りたいと思うのが作家心でしょうし、ましてや西尾維新がそんな普通の物語を書くわけがありません。

 3巻の冒頭、いきなり二人目の魔法使いがツナギによって瞬殺されます。そして創貴が一瞬単独行動した隙をついて、彼の前に六人目の水倉鍵が、三人目から五人目をすっ飛ばして登場します。そして西尾維新作品にありがちなゲーム対決をしながら、『箱舟計画』の全貌を一気にネタばらししてしまうのでした。予想の斜め上をいく急展開ですが、私が一番感動したのは、この後の展開です。

 りすかとツナギの魔法を封じるという特大の置き土産を残して水倉鍵が去っていたあと、創貴たちは三人目、四人目、五人目の魔法使いとの連戦へとなだれ込みます。直前に六人目を登場させて予定調和な展開からずらしたにも関わらず、また予定調和な三連戦へと戻ってきてしまったのです。しかしこの三連戦、予想通りの展開でありながら、大ピンチと大逆転の連続で、緊迫感の続く、非常に読みごたえのある内容になっているのです。

 敵の攻撃方法は、物質を固定することによる密室への監禁であったり、夢の世界への取り込みだったり、シンプルな串刺し・磔だったりと様々ですが、いずれも初手から詰んでいるような絶体絶命の状況に創貴たちを追い詰めます。そしてそこからの大逆転となるわけですが、冷静になると突っ込みたくなるようなポイントも、読んでいるときは突っ込みを忘れるような勢いがあったと思います。なにより、水倉鍵とのゲームも含めて、短編4本分の内容を、実質的にホテルの一室から登場人物が動くことなく展開してみせたことが、すごいと感じました。

 この三連戦までが2008年に書かれたものとなります。ここまでの内容が記憶していたより面白く、正直2020年以降に書かれたパートはぐだぐだになるだろうと思っていたのですが、総合的には満足な内容でした。

 

 11話、五人目の魔法使いを倒した創貴たちは、魔法使いたちが大挙して攻めてくることを知り、りすかの魔法を使って17年後の未来へと撤退します。そこまではいいとして、そこからの17年後の世界(元の世界の西暦を第1話が雑誌「ファウスト」に掲載された2003年とするならば2020年の世界)の描写には多少疑問を感じてしまいました。

 例えば紙の本や書店というものの存在が過去の遺物になっていたり、人権意識の高まりから相撲が廃止されていたり、現実世界で問題となっている事柄を風刺的に取り入れた世界観になっていて、正直鬱陶しく思います。

 このあと創貴の実家に戻って、ある重要な事実を知るのですが、それから元の世界に戻ってしまうので、この1話まるまるなくても物語が成立しそうにも思います。しかし、この冗長に思える未来の世界の描写に意味があったことが後々分かってきます。

 

 12話で元の時間軸に戻った創貴たちは、魔法使いたちの本丸、長崎県の森屋敷市に逆に攻め込みます。そしてここから物語は急展開し、スケールアップしていきます。仲間とのあっけない別れは、物足りなさや寂しさを覚えると同時に、初期の西尾維新を思い出させます。そういえばこれくらい簡単に主要キャラを殺す作家でした。

 シリーズを通してボスキャラとしての格が上がり続けた水倉神檎の描写も納得できるものでしたし、それに続く神話的規模の親子喧嘩も、十数年引っ張ったシリーズの幕引きとして、十分なスケールだったと思います。

 

 そして最終話。長いこと昏睡していた創貴は、再び2020年の世界で目を覚まします。創貴が目覚めた世界については、しきりにコロナ禍の渦中にあることが強調され、その世界が読者の世界と限りなく同質であることが示されます。ここで、11話の鬱陶しい17年後の描写が効いてきます。このことによって、いま創貴がいる世界が、ずっと彼が戦ってきた魔法使いのいる世界や、その延長線上の未来とは、はっきりと異なる世界であることが強調されるのです。

 

 ただそれはいいとして、少し時代に寄り添いすぎたのではないでしょうか。特に2020年からさらに17年後の世界で、コロナ禍が収束せず「伝統」感染症と呼ばれているとか、オリンピックが17年間延期され続けているといった時事ネタは、今の読者ならそんな未来もあるかもしれないと笑えますが、数年後の読者が同じように笑えるかは疑問です。

 コロナ禍の”今”を小説に落とし込んで後世に残すことも重要な取り組みですが、十年以上続刊を望まれ続け、やっと完結するというこのりすかシリーズに、一過性の時事ネタを取り込むべきではなかったのではないかと感じました。