汗牛未充棟

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〈anon press〉の「anon future magazine」が期間限定無料公開されているので、約50作の中からおすすめを4作紹介する

 人類の未来の可能性を探るような正統派SFから、身体を機械化した極道たちが暴れて臓物とルビが乱れ飛ぶサイバーパンク、さらには小説だけでなく詩や漫画まで。そんな様々な作品が掲載されている「anon future magazine」は、SF作家の樋口恭介や青山新らによって運営される〈anon press〉のnoteで公開されており、毎週水曜日の18時に更新される最新作は一週間無料、過去作品については毎月500円のマガジンを購入することで読むことができる。

 そんな「anon future magazine」が、現在1周年を記念して、6月30日まで全作品を無料で読めるようになっているので、約50作品の中からおすすめの小説を4本紹介したい。

 ちなみに無料クーポンは以下の記事から取得することができる。当然だが、無料期間をすぎると課金が発生するので注意されたい。

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 さて、始めに紹介するのは、〈anon press〉に編集としても参加している平大典「Mononokemono」。平はスケートボードをテーマにしたSFや、サイバーパンクものをいくつも寄稿しているが、今回取り上げたい「Mononokemono」はそれらとはまた趣の異なる作品となっている。

 主人公の桜井は猟師をしているのだが、彼が狩るのは普通の鳥獣ではない。"物ノ獣"と呼ばれるそれらは、半ば野生化した機械たちなのである。

 技術革新を経た近未来の日本では、様々な用途で使われる自立型の機械が大量に生産された。

 そうなれば必然的に廃棄の方法が問題となる。リサイクルが基本とされたが、中には野山に不法投棄されるものもあり、人間の制御下を離れて勝手に動き回るそれらの機械を”狩猟”しなければならなくなってしまったのだ。 

 いつものように【蜘蛛型】の自立機械を回収した桜井は、その夜珍しく【人型】の自立機械と遭遇する。なんとか撃退した桜井は【人型】に挿されたUSB端末を発見。好奇心から持ち帰ったその端末を調べる桜井だったが……。

 狩猟した自立機械の中に不審なデータを見つけるというのが、ゲームのドロップアイテムのようで個人的にはロマンを感じる。また、作中人物も様々なロマンを自立機械に託しており、ぜひその辺に注目しながら読んで欲しい。

 

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 続けて紹介するのは猿場つかさ「◯」。猿場はゲンロンSF創作講座出身の作家で、書道をテーマにした本作は抜群の読みごたえとなっている。

 主人公は銀鱗寺流の書道を極めようとする男。銀鱗寺流の師範が書く墨跡は、時の経過とともに消えたり現れたり、さらには書かれたことばを変化させることもあるというのだ。

 男は次代の師範と目されていたが、当代の師範は決して銀鱗寺流の極意を男に教えようとしない。しかも、銀鱗寺流には流派の歴史を決して書き残してはならないという厳しい掟があり、掟を破ったときには師に殺されてしまうこともあるのだという。

 しかしどうしても極意を身に付けたい男は、師範に黙って関係者や蒐集家のもとを回り、銀鱗寺流の秘密に迫っていく。

 ここで一つネタバレをしてしまうと、銀鱗寺流の書道は、紙の上に文字を書いているのではなく、時間の上に文字を書いているというのだ。そのために、書かれた文字は時間とともにその姿を変えていく。

 そんな銀鱗寺流の期限は南北朝時代にあるらしく、物語はやがて歴史戦の要素を垣間見せていく。

 奇抜な発想と壮大なスケール感、SFらしい要素を楽しみたい方に特におすすめの1編。

 

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 お次は一風変わって幻想的な恋を描いた河野咲子「奇術倶楽部の女」を紹介したい。河野もまたゲンロンSF創作講座の出身らしい。

 語り手はとある奇術師のもとでアシスタントをしている女性。その奇術師「あゆむくん」は人体切断ショウの専門家で、夜毎アシスタントの女性の四肢を切断したり、頭部を切り離して代わりに首から薔薇の花を咲かせたりと、残酷劇もかくやといったショウを演じていた。

 しかしその実、「あゆむくん」に奇術の才能は全くなく、ショウはすべて語り手の特性を利用することによって成り立っていた。そのため二人の関係は「あゆむくん」が語り手の女性に奉仕するようなパワーバランスになっている。

 さらに、二人はとある大きな秘密を共有してもいる。それは語り手の外見のモデルになった「めいこちゃん」という女性にまつわるものだ。その件もあって「あゆむくん」は語り手から離れることができない。

 そうして語り手は「あゆむくん」を我が物としているが、その一方で今はもういない「めいこちゃん」に対しても複雑な感情を抱いている。

 私自身同じ男性として、「あゆむくん」が語り手に向ける感情が、贖罪なのか愛情なのか想像しながら楽しんだ。

 幻想怪奇小説や、人間と異形の存在との恋の物語が好きな方には、特におすすめしたい一編となっている。

 

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 最後に紹介したいするのは惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公「カナリヤ 漫才「科学者」」

 急に関係ない文字列が挿入されたかと思って驚いたかもしれないが、コピペミスではないので安心してほしい。「惑星ソラリスのラストの、びしょびしょの実家でびしょびしょの父親と抱き合うびしょびしょの主人公」までが著者名となっている。すごいことするよね。

 そんな人を食ったようなペンネームで活動する著者の作品は、やはり癖の強い中身となっている。

 「カナリヤ 漫才 「科学者」」は、そのタイトルの通りカナリヤというお笑いコンビが「科学者」という題の漫才をする様子が書かれている。

 科学者をやってみたいというボケのクドウに、テンポよくツッコミを入れていくオーハラ。二人の掛け合いを楽しく追っていくと、いつの間にかコズミックホラーな展開が待ち受けているのだ。どうしてそうなってしまうのか。

 この他にもいくつかの短編を寄稿しているので、笑える短編や、とにかく変な物語を読みたいという人にはぜひ読んでほしい。

 

 ここまで紹介してきた4編をみても分かるように、「anon future magazine」では、様々なタイプの作品が掲載されている。原稿は随時受け付けているようなので、作品を書き上げたはいいものの、カテゴリーエラーに思えてどこに発表していいか分からないという人は、「anon future magazine」に投稿してみるのもいいのではないだろうか。私もそういう変な小説が読みたい。