汗牛未充棟

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マルカ・オールダー/フラン・ワイルド/ジャクリーン・コヤナギ/カーティス・C・チェン『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』――刑事と軍人の女性バディが分断された東京で怪事件に挑む、ドラマ仕立てのSF刑事サスペンス!

 近未来の東京を舞台にしたSF×刑事サスペンスである九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』は、ドラマシリーズ仕立ての小説となっている。というのも、本作は10のエピソードからなる連作短編の形式をとっており、日本人の刑事とアメリカ人の軍人の女性コンビが各エピソードで事件を解決していく一方で、裏ではより大きな事態が進行していくという構成をとっているのだ。

 執筆はマルカ・オールダーフラン・ワイルドジャクリーン・コヤナギカーティス・C・チェンという4人の作家が2~3つのエピソードをそれぞれ担当し、訳者についても吉本かな野上ゆい立川由佳工藤澄子の4名がそれぞれの作家を担当している。

 

 

 本作の大きな特徴は、中国とアメリカによって分割統治された東京が舞台ということだろう。大地震をきっかけに日本に侵攻してきた中国は、九州と東京の西側を掌握。東京の東側も、それに呼応したアメリカによって、管理下に置かれてしまったのだ。

 こうして震災と侵略の傷痕が深く残る東京で起こる怪事件に対し、警視庁の刑事である是枝都と、そこに出向することになったアメリカ平和維持軍のエマ・ヒガシの女性バディが挑んでいく。

 

 刑事ドラマのバディものというと、最初は反りが合わず衝突してばかりの二人が、次第に打ち解けていき、最後には唯一無二のパートナーになるというのが、定番の展開だろう。ところが都とエマについては、衝突するというよりも、互いに気を遣いあって溝が生まれており、そうした微妙な空気感が何ともリアルに描写されている。

 それというのも、二人とも上司の命令でそうしているだけで、望んで組んだバディではないのだ。そんな二人が、事件の解決を通して、少しずつ信頼しあい、距離を近づけていく。

 また日本の警察組織という男性中心主義な環境も、二人が連帯を強める一因となっているだろう。そもそも、出向してくるエマのパートナーに都が選ばれたことも、「アメリカ人はセクハラにうるさいから、女性と組ませたほうがいいと思ったんだよ(p.15)」という、なんだかいろいろ舐めくさった理由による。

 こういう男性中心な組織の体質や、ほかにも同性愛への不寛容さなど、日本のダメな空気感がわりとリアルに再現されているように感じた。また九段下署*1を中心とした東京の地理も細かく描写されており、日本のガワを被ったアメリカドラマという印象はそれほど強くなかった。

 

 またドラマシリーズ仕立てと言ったが、『PSYCHO-PASS』のようなSFアニメとしても見てみたい。それというのもエマの装備が、とても映像映えしそうなかっこよさなのだ。元々スナイパーであるエマは、格納筒によって複数のドローンを運搬し、有事の際は展開したドローンと機械化した片目をリンクさせて、索敵、狙撃、監視、追跡など様々に運用する。

 惜しむらくは「ドローン」や「格納筒」という単語が出てくるだけで、それがどのような形状なのか特に説明がないことだろうか。この他にも、作中では「スリーブ」という腕に装着する形式のマルチ情報端末が一般化しているようなのだが、それについても機能や形状の説明がまるでない。

 4人の作家が共同で執筆している以上、この辺のガジェットの設定は共有しているはずなので、読者にも開示してほしいと感じた。

 また、「顔のない死体」や「コインロッカーに放置された腕」など奇妙な事件と意外な結末はあるものの、それらを繋ぐ事件の背景の機序が、よく理解できないものが多かったように思う。「いま何でその結論になったの?」と読んでいて何度も疑問に思ったが、この辺は私が親切な小説に慣れすぎたというのもあるかもしれない。

 

 物語の終盤については、これもドラマシリーズらしく、シーズン2への引きがたっぷりとなっているので、続巻の刊行があるのかどうか注目したい。

*1:本来の警視庁本部は戦争で損なわれたため、九段下に本部が移された。