汗牛未充棟

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周藤蓮『バイオスフィア不動産』――完全無欠の住居を得た人類は、それ以上何を望むのか。SF+ミステリな連作短編集。

 『賭博師は祈らない』『吸血鬼に天国はない』など電撃文庫の作品で知られる周藤蓮だが、昨秋、ハヤカワ文庫からの初めての著作『バイオスフィア不動産』が刊行された。
 
 バイオスフィアⅢ型建築という特殊な建築物を舞台に、後香不動産に勤めるサービスコーディネーター、アレイとユキオのコンビが、様々な謎に立ち向かうSF+ミステリな連作短編となっている。
 バイオスフィアⅢ型建築とは、外部と完全に隔絶して存在する建築物のことだ。内部で資源的、エネルギー的に完結しているため、住人が望む限り、死ぬまで一歩も外に出ることなく生活することができる。作中世界ではこのバイオスフィアⅢ型建築が世界中に普及しており、ほとんど全ての人々が個人や数人単位、ときには数十人の集団で、この完璧な住居に引きこもって暮らしている
 
 
 物語の主人公であるアレイユキオのコンビは、そんなバイオスフィアⅢ型建築を提供する後香不動産に、サービスコーディネーターとして勤務している。
 
 正確にいうと、勤務しているのはアレイひとりであり、とある事情から建物の中に入れないアレイに代わって、後香不動産の備品であるユキオが現地調査を担当している。ユキオの姿は表紙にも描かれているが、機械の体を持ち、黒いセーラー服を身にまとった彼(もしくは彼女)が、いったいどういう存在なのかは、ぜひ本編で確認されたい。
 
 さて、そんな二人の業務内容だが、サービスコーディネーターなどと肩書を取り繕っても、要は住人のクレーム処理である。しかし、完全無欠の住居であるバイオスフィアⅢ型建築は、通常のトラブルシューティングも内部で完結するように造られている。必然、彼らのもとに届くクレームは、奇妙なものばかりになるのだった。
 
 
 物語の第一話でユキオは「責問神殿」と呼ばれるバイオスフィアⅢ型建築に足を踏み入れる。そこでは「痛み」を信仰する人々が暮らしていた。
 
 作中世界では「社会的常識」や「世間体」という言葉がもはや意味をなさなくなっており、それぞれのバイオスフィアⅢ型建築の中で、独自の奇妙な文化を形成するコミュニティも珍しくない
 
 そんなコミュニティの一つである「責問神殿」の中で、あるとき鎮痛剤が見つかったらしい。痛みを神聖視する彼らにとって、鎮痛剤はご法度の存在。これは、”万能生成器”の不調によって生み出されたに違いない、というのがクレームの内容だった。もちろん、そんな都合いい不調などあるはずがなく、責問神殿の誰かが生成したに違いない。
 
 さらに神殿の人々は、いったい誰が後香不動産に報告したのかということを、仕切りにたずねてくる。いったいこのコミュニティで何が起きているのか、ユキオは調査を開始する。
 
 
 この第一話を読むと、奇妙な文化や風習を持つバイオスフィアⅢ型建築を次々に訪れては、問題を解決するという展開が続くのだな、と思うかもしれない。ところが予想に反して、つづく第二話でユキオたちは、あえてバイオスフィアⅢ型建築に入居せず、普通の住まいで暮らす人々の集落を訪れるのだ。
 
 このことから、本作がバイオスフィアⅢ型建築を、ただ単に様々なシチュエーションを用意できる便利な舞台として利用しているのではなく、それらを通して究極のステイホームが実現した社会そのものをシミュレートしようとしていることが伺える。
 
 
 第三話以降も異臭や隣人トラブルなど、バイオスフィアⅢ型建築では本来起こり得ないトラブルに、アレイとユキオは対応していく。
 
 ほぼすべての需要が満たされ、自由を満喫できる究極の住まいを得て、人々はいったいそれ以上何を望むのか。そうした考察が面白い一冊だった。