汗牛未充棟

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夏海公司『はじまりの町がはじまらない』――優柔不断なヘタレ町長と迅速果断な毒舌秘書官のクソゲー改革!

 昨秋、ハヤカワ文庫JAから刊行された『はじまりの町がはじまらない』は、とある過疎MMORPGをサービス終了の危機から救うため、自我に目覚めたNPCたちが奮闘するSF作品。

 著者は『なれる!SE』や『ガーリー・エアフォース』の夏海公司で、前回紹介した周藤蓮と同じく、主に電撃文庫で活躍しており、早川書房からは初の出版となる。

 

 

 NPCが自我に目覚めると言っても、自分たちがゲームのために作られた架空のキャラクターであることや、そもそもゲームとは何かということを、全て自動的にインストールされるわけではない。 

 例えば主人公である〈はじまりの町〉の町長、オトマル・メイズリークなどは、自分が父の後を継いでもう二十年も町長を務めてきたという過去の記憶をもちながら、そんな記憶とは食い違う違和感に直面することになる。それは例えば書き割りめいた町の姿や、限定的なコミュニケーションしか取れない冒険者の存在などだ。

 彼らはそうした違和感から推論を積み重ねていくことで、自分たちの住む世界が何らかの舞台装置であり、冒険者はその舞台の観客であるという仮説にたどり着く。このあたりのアプローチはSF的といえるのではないだろうか。

  そして天から降る謎の声が告げる”サービス終了”の日付までに、なんとか舞台のお客、つまり冒険者を呼び込むための奮闘が始まる。なにせ彼らの世界は、興行として見るととても不出来、つまりはクソゲーだったのだ。

 

 この問題に直面した時の主人公オトマルと、もう一人の主人公ともいえる彼の秘書官、パブリナ・パブルーの対応の違いが面白い。

 オトマルはまず、町民に対してどう説明すれば無用な混乱を起こさないか、演説の原稿を考えようとするのだ。しかし、そんなオトマルに対してパブリナは告げる。「説明すると何か事態が好転するんですか?」「なぜ解決に繋がらないことに時間と労力をかけるんですか?

 彼らの置かれた状況はあまりにも特殊ではあるものの、こうした不測の事態に対して、オトマルのような考え方をする人は多いのではないだろうか。すなわち、現状をひとまず受け入れ、ダメージコントロールをすることで、せめて被害を最小限に抑えようとするのだ。

 しかし、パブリナの発想は、その一歩先をいく。つまり、不測の事態をただ受け入れるのではなく、それを解決してしまえば、被害はゼロだというのだ。

 そして迅速果断な彼女によって、〈はじまりの町〉では様々な改革が推し進められていく。しかし、その急激な変化は町の内外で様々な軋轢を生んでしまう。果たしてオトマルとパブリナは、冒険者を呼び込んで、世界を存続させることができるのだろうか。

 

 また、彼らの活動は意外な形でゲームの外の世界にも影響を及ぼし、そしてオトマルたちがどういった存在なのかという秘密も明かされる。そのあたり「NPCがあるとき自我に目覚めました」では納得できないよ、というSFファンにも安心して読んで欲しい内容となっている。