義眼職人のイルミナと元軍人で魔法使いの用心棒ヴィンセントが、危険な力を持った魔法義眼〈天窓の八義眼(オクト・アルカナオキュラス)〉を取り戻すために旅をする近代ファンタジー、『血眼回収紀行(チマナコリコールトラベログ)』。
可笑林による本作は、第36回ファンタジア大賞銀賞受賞作として2024年3月に発売されたが、実は書籍化された内容は、銀賞を受賞した原稿と全くの別物だということをご存知だろうか。
カクヨムに公開されている可笑林『血眼紀行』のあとがきによると、編集者からの「全部書き直しましょう」の一言があったようだ。
そして、受賞原稿の続きのストーリーが書かれた『血眼回収紀行』が出版された。受賞原稿の方はその後、書籍版の宣伝のために、改稿の上、カクヨムで無料公開されることになったという経緯らしい。
このカクヨム版を私が見つけたとき、正直あまり期待せず読み始めたと告白しても、無理からぬこととご理解いただけるだろうか。要は、受賞に値する魅力はあるものの、そのままでは出版できないと編集部に判断された作品ということである。
ところが実際に読んでみると、これがめちゃくちゃ面白かった。
書籍版では、様々な魔法を操る敵たちと、次々に戦っていくバトルものの魅力があったが、カクヨム版ではミステリとして読者の度肝を抜くようなトリックが仕込まれている。
そんな『血眼回収紀行』を書籍版とカクヨム版、両方合わせて紹介したい。
まずは書籍版『血眼回収紀行』について。主人公の一人であるイルミナは先代の〈イルミナ〉に技術を仕込まれた義眼職人の少女。
彼女の目的は先代が遺し、何者かに奪われた特殊な魔法義眼〈天窓の八義眼〉を回収すること。この義眼はそれぞれな特殊な力をもった危険な存在であり、放置するわけにはいかないのだ。
しかし職人であるイルミナに戦闘能力はない。そこで彼女の用心棒を務めるのが、もう一人の主人公、ヴィンセントである。
ヴィンセントは元軍人であり、風型の魔法を操って戦う。この世界の住人は血を媒介に、それぞれの血液型に対応した魔法を使うことができる。高位の魔法使いであるヴィンセントは、かつては軍人として仲間たちとともに戦争に従事していた。
しかし時代は移り変わっていく。今では戦争が終わったはいいものの、その平和な世界に馴染めず、行き場を失った退役軍人が国中にあふれている。更にはテレビ塔がそびえ立つなど、科学技術の発展もすすみ、魔法の価値が相対的に低くなっていくことで、退役軍人たちはますます居場所を失っていく。
イルミナたちの旅路にも、そんな元軍人の魔法使いたちが立ちはだかる。そんな彼らとのバトルが本書の大きな魅力の一つである。
風型の魔法使いであるヴィンセントは、風の刃を撃ちだしたり、風を操って障害を吹き飛ばすことで戦う。さらには早撃ちを得意とするヴィンセントは、ただの攻撃魔法の撃ちあいであれば負けなしだが、そう簡単にはいかないのが面白いところ。
そもそも血液型には炎型、水型、風型、雷型の四つの型があるのだが、そこからどのような魔法が発現するかは個人の性質に依る。中には罠として設置できるような魔法や、相手に自らの血を取り込ませることで、デバフをかけるような使い方も存在する。
そのため、相手が何型の魔法使いで、どんな魔法を使って来るのかという情報が重要となる。こうした手の内の読み合いこそ、能力バトルの醍醐味だろう。
そこで活躍するのがイルミナだ。彼女は左右の眼窩に異なる義眼をはめており、機械仕掛けの左目の義眼は赤外線などの物理的な痕跡を、魔法仕掛けの右目の義眼は魔力の痕跡を視ることができる。
こうしてヴィンセントの圧倒的な制圧力とイルミナのサポートで次々と敵を撃ち破っていく二人は、魔法義眼の手がかりを求めて各地を旅していくうちに、やがて大きな陰謀に巻き込まれていくのだった。
このように『血眼回収紀行』に異能バトルやロードノベルものの面白さがあるとすれば、カクヨム版「血眼紀行」には、ミステリものやハードボイルドな魅力が詰め込まれている。
各地を旅していた『血眼回収紀行』とは異なり、「血眼紀行」はエミグラント連合王国の首ラングドンが舞台。ラングドンはいま、世界各地を巡っている歌姫スノウ=ホワイトが3年ぶりにラングドンで公演するとあって、どこか浮足立っていた。
その一方で、美しい娘の一番美しい体の部位を奪っていくという〈部品泥棒(パーツシーフ)〉の噂がラングドンに暗い影を落としていた。
〈天窓の八義眼〉の情報を求めてラングドンへとやってきたイルミナは、この〈部品泥棒〉が〈天窓の八義眼〉の持っているのではないかと疑いを持ち、捜索に乗り出す。
一方、軍を辞めたあと故郷にも帰らず、貴族の護衛の仕事も長続きしなかったヴィンセントは、今では示談屋という、時には暴力を用いて示談交渉を無理やりにまとめる裏家業すれすれの仕事で生活をしている。そんな彼も〈部品泥棒〉を巡るいざこざに次第に巻き込まれていく。
この主人公二人のほかにもう一人、外科医のギデオンの視点で物語は進む。人体から切り離したパーツを活かしたまま保存できるという特殊な水魔法を使うギデオンは、植民地の出身でありながら、今ではラングドン随一の外科医としての腕前を持つ。しかし、その技術を美容手術が目的の金持ちのためにしか使うことができない現状を憂えてもいた。
あるときそんなギデオンのもとに、とりわけ厄介な客が訪れるのだが、その目的とは果たして。
「血眼紀行」のミステリとしての焦点はやはり、〈部品泥棒〉の正体や如何に、ということになるだろう。正直、そもそもの登場人物の少なさ故に、察するところもあると思われる。
しかし、そうやって油断していると、終盤の展開でひっくり返ってしまうことになるだろう。それくらい見事な構成をしている。
この犯人あての謎解きをテストに例えるならば、60点は誰でも取れるが、100点を取るのは難しい出題といった感じだろうか。ぜひ油断せず、どこまで真相に近づくことができるか挑戦してみてほしい。
そしてまた、ハードボイルドな魅力もおすすめしたい。ハードボイルドといっても定義を知らない私が雰囲気で言っているだけだななのが、要は過去の事件をきっかけに倦んでしまった男が、事件の調査と闘争を通して、過去にけじめをつけようとする物語といったところだろうか。
書籍版では、ヴィンセントが、軍を辞めるきっかけとなったとある事件の犯人を追っていることが明かされる。一方でカクヨム版ではそのことについての言及はなく、幼少期の経験や戦争を通じて自覚した己の獣性に折り合いがつけれらず、燻っているヴィンセントの様子が描かれる。
平和な田舎に帰ることもできず、かといって首都で新しい居場所を見つけることもできない。そんなヴィンセントが、非力ながらも〈天窓の八義眼〉の回収という危険な目的に邁進するイルミナと出会うことで、変化するためのきっかけを得て、ヴィンセントと同じように過去に囚われて未来に目を向けることのできなくなった敵と対峙する。
そして熾烈な戦いのあと、ヴィンセントの決意を端的に示すような見事な一文が用意されており、そこで完全に心を撃ち抜かれてしまった。
長々と紹介してきたが、『血眼回収紀行』と「血眼紀行」、どちらも見逃さずチェックしてほしい。