汗牛未充棟

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2020年 短編小説年間ベスト

 いろんな人がTwitterやブログで年間ベストを発表しているのを見て、「これ、やりたい!」と思った昨年末。やるからには新刊を沢山読まなければということで、2020年初頭は順調に読んでいたのですが、その後読書ペースがガタ落ちに。結局気になってはいるけど読めていない作品も多くなってしまったのですが、でもやります。

 というわけで短編小説部門ベスト5です。なお、便宜上順位をつけましたが、某ラジオMCにならって上位作品は全部1位ということで、ひとつよろしくお願いします。

 

 また、対象範囲ですが、2019年末から2020年内に発表された短編作品で、過去発表済みの作品でも著者の短編集に収録されたものはあり(ex.柞刈湯葉『人間たちの話』収録作品)、書き下ろしではないアンソロジーに再録されたものはなし(ex.伴名練 編『日本SFの臨界点』収録作品)としました。私がルールだ。

 

【第5位】犬「日記」

note.com

 短編小説の年間ベストと言っておきながら、いきなりのレギュ違反で申し訳ないのですが、日記です。エッセイといっても良いでしょうか。

 去年の夏頃、マニラのカジノでの体験を書いたnoteの記事*1がバズったことで、一部注目を集めました。個人的に彼の書く文章が好きで、日刊SPA!のweb連載*2をときどき読んでいたのですが、今年の11月末頃にnoteで日記を公開していることを知り、追うようになりました。

 本人もギャンブル依存症だと自称するように、マニラの記事がバズったあとはパチンコの話題が多かったような気がするのですが、今ではほとんどギャンブルをしていないようで、日記の内容も主に日雇い仕事やアルバイトについて書かれています。だからといって単調な中身になることもなく、毎回読みごたえがあるのは、やはり文章力のなせる技でしょうか。

 日々感じる怒りや不安も赤裸々に書かれているのですが、そんな自分を一歩引いた位置から描写していて、感情が文章に滲んでこないので、負の感情に引きずられることなく日記を読むことができます。

 またその俯瞰の視線は外部にも向けられていて、同じ日雇い労働者の姿や、ネットで有名になった自身を取り巻く環境がフラットに分析的に書かれています。描写するものの善悪を文章中ではっきりと明示するのではなく、あくまでその判断を読者に委ねるような書き方が、心地よく感じました。

 3日ごとに一つの記事にまとまって公開され、1日目以降は有料(100円)となっていますが、お金を払うだけの読み応えは保証できます。いつか犬さんのエッセイ集がどこかの出版社から発売されないでしょうか。

 

【第4位】青崎有吾「暗黒犯罪天楼 マンハッタン」(星海社FICTIOS『FGOミステリー小説アンソロジー カルデアの事件簿 file.01』収録 2020.2.14)

  アプリゲーム「Fate/GrandOrder」のコミックアンソロジーは各出版社から山のように出ていますが、その小説版というの珍しいのではないでしょうか。円居挽やamphibianなど、本家FGOのイベントシナリオを手掛けた作家も参加しているなか、私が一番面白く読めたのは、『アンデッドガール・マーダーファルス』などの青崎有吾による「暗黒犯罪天楼 マンハッタン」でした。

 1977年のニューヨーク、マンハッタン島にレイシフト(タイムトラベル)した主人公は、なぜか魔術の行使が制限された状況下で、牛若丸、ロビンフッドアンデルセンとともに、聖杯を得るため金庫破りに挑みます。

 FGOのシナリオの基本は、通常の歴史とは異なる事態が発生した過去にレイシフトをし、サーヴァント(歴史上の偉人たち)と協力して、異常事態を引き起こしている聖杯を回収するというものです。よって「どの時代」の「どの場所」にレイシフトして「誰と」冒険するかという組み合わせにわくわくするのですが、他の作家がカルデア内で話を進めたり、謎の空間にレイシフトするなか、そこをがっつり設定してきたこの作品が、やはり一番魅力的でした。

 詳しくはこちらもご覧ください。

こういう企画もっと増えてほしい――『FGOミステリー小説アンソロジー カルデアの事件簿 file.01』 - 汗牛未充棟

 

【第3位】柞刈湯葉「宇宙ラーメン重油味」(ハヤカワ文庫JA 柞刈湯葉『人間たちの話』収録 2020.3.20)
人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

 

  初出はSFマガジンの2018年4月号。舞台は太陽系外縁に店を開く〈ラーメン青星〉で、「消化管があるやつは全員客」をモットーとする店主のキタカタ・トシオは肉体の構成元素からして多種多様なお客たちに連日「ラーメン」を提供します。

 地球人とはまったく違う生態を持っていても、その生物に必要な物質は「うまい」と感じるはず、という理屈の元で重油のスープやシリコンの麺が作られる様子は、調理というよりは実験という感じで、理系の用語が理解できなくても楽しく読めます。

 また、宇宙全体の社会状況や、お店のスタッフである自律ロボットのジローさんの過去など、本編とは直接関係のない情報がふんだんに盛り込まれているのも、本作の魅力です。長編にもできそうな設定をこの短さに詰め込んでいるからこその面白さ、ということもあるのでしょうが、「この世界の物語をもっと読みたい」と思わせてくれる傑作でした。

 詳しくはこちらもご覧ください。

『人間たちの話』柞刈湯葉――雪原を旅し、監視社会を楽しみ、宇宙でラーメンをつくる。そんな人間たちの物語。 - 汗牛未充棟

 

 【第2位】伴名練「全てのアイドルが老いない世界」(集英社小説すばる6・7月合併号」2020.7.1)

 吸血鬼(というよりはサキュバス)×アイドルもの。かつて人間から生命力を絞りとって生きてきた吸血鬼は、現在ではアイドルとなって多くの人々を魅了し、沢山の人間から少しずつ生命力をもらって永遠の命を生きていた。そんなアイドルたちの中でもトップ人気の二人組ユニット「リリーズ」でしたが、1977年の後楽園球場で國府田恵は引退を宣言します。それから70年、ソロで活動を続けていたリリーズのもう一人、愛星理咲の前に現れた海染真凜は、自分とユニットを組めば、現在の國府田恵の居場所を教えると持ち掛けてきたのでした。

 全てのアイドルが(アイドルとして人々に愛されている限りは)老いない世界という設定だけでも魅力的ですが、本作ではさらに近未来を舞台とします。しかし、そこで描かれる多重視界(ヴァイザ)などのSFガジェットはあまり重要ではなく、今よりも”関係性ビジネス”が発展したアイドル業界を描くために、舞台が近未来となってのではないでしょうか。人々に長く愛されるために、つまりは飽きられないように、アイドルたちは様々な関係性を模索します。

 そんななか、70年前に別々の道を選んだ理咲と恵の関係性はどんなものだったのか、そして理咲と不敵な新人、真凜の関係性はどう落ち着くのか。読者の想像力を超えてくる結末にうならされました。

 また伴名練作品では他にも、SFマガジン4月号に収録された「白荻家食卓眺望」も面白かったです。世代を超えて受け継がれる共感覚とレシピの物語です。

 

【第1位】空木春宵「地獄を縫い取る」(東京創元社GENESIS 創元日本SFアンソロジーⅡ 白昼夢通信』収録 201912.20)

  五感と感情の共有技術が実現し、人々が体験を配信・共有できるようになった近未来が舞台。主人公のジェーンは、その技術を悪用して児童買春を行う小児性犯罪者を”釣る”ための囮AIを、パートナーであるクロエとともに作っています。また、物語の途中で、室町時代の伝説的な遊女である地獄太夫の元を謎の「御坊」が訪れるという、一見本筋との関連が分からない場面が挿入されることも特徴です。

 この一年何度か話題にしてきましたが、やはりそれだけ読後の衝撃が尾を引いたのでしょう。個人的な読書体験の話となってしまいすが、読み始めてすぐは「これは百合SFだな!楽しみ!」と思っていたところを、「お前が思ってるような話じゃないぞ!」と内容でボコボコにされたのでした。結果的に「女がふたりいるぞ!これは百合だ!てえてえ、てえてえ」と曇っていた視界を晴らしてもらえたような気がしています。そういう意味で個人的にとても重要な一作となりました。

 もちろんそんな個人的な体験とは関係なく、純粋に面白い作品でもあります。アンソロジーを買わなくても電子書籍なら単体で買えますので、未読の方にはぜひ読んでほしいです。

 また空木春宵作品では他にも、『GENESIS Ⅲ』に収録された「メタモルフォシスの龍」も大傑作だったので、併せておすすめです。こちらは失恋すると女性は蛇に、男性は蛙になるという奇病が蔓延した世界での、半蛇二人の生活を描きます。

  詳しくはこちらもご覧ください。

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