汗牛未充棟

文章を書く練習も兼ねて、読んだ本の感想などを中心に投稿します。

花田一三六『蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale』――【レビュー】三文文士と毒舌妖精のスチームパンク・ロードノベル

 挑発的な表情の少女のイラストが目を惹く花田一三六『蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale』は、三文文士毒舌妖精のコンビによる、スチームパンク・ロードノベルとなっています。

 ロードノベルはそのまま旅行記でいいとして、ジャンル名としてよく聞く「スチームパンク」とは具体的にはどういうことか。今回はそんなところから本作『蒸気と錬金』の紹介をしていきたいと思います。

 

 

  

スチームパンクってなに?

 スチームパンクとは何か。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」2021年2月4日放送分のスチームパンク特集*1から、大森望添野知生による解説を参考にすると、「スチームパンク」という言葉を生み出したのは、K・W・ジーターというアメリカの作家であったとのこと。

 彼は1979年頃から、ヴィクトリア朝を舞台とし、そこに未来のテクノロジーや魔法を取り入れたSF・ファンタジー作品を、仲間たちとともに書いていました。そうした作風は次第に人気になっていき、1987年にSF誌上でジーターがそれらを「スチームパンク」と呼称したのでした。もちろん当時流行っていた「サイバーパンク」ありきの呼称で、半ば冗談めいた命名だったようですが、結果的に定着し、その名称は現在まで残っています。

 その後1990年には『ニューロマンサー』でサイバーパンクというジャンルを創り上げたウィリアム・ギブスン、そしてブルース・スターリングの共作で、スチームパンクの決定版とも言うべきディファレンス・エンジンが発表されました。

 ギブスンらはジャンルの定義として、オルタナヒストリーオルタナ科学史、つまり蒸気機関に代表されるような現代とは異なる技術の発展した世界を描くことを条件としていたようです。他にも「蒸気機関は必須」だとか「舞台はヴィクトリア朝のイギリスであるべき」といった意見もありますが、現代においてはジャンルの定義は曖昧になっているようです。

 個人的な見解としては、スチームパンクという試みの神髄は、蒸気機関のような個々のガジェットではなく、前時代の世界(観)に非現実的なテクノロジーを組み込むという試みと、それにより生まれる異世界の趣にあるのではないかと思います。

 

『蒸気と錬金』は贅沢なスチームパンク

 では、それらを踏まえて『蒸気と錬金』の世界観はどのようになっているでしょうか。まず、物語の始まりとなるのは、1871年のイギリス、まさにヴィクトリア朝時代です。そしてもちろん蒸気技術も、実際の歴史とはかけ離れた発展をしています。それは蒸気技術ではなく、蒸気錬金術というものなのですが、それについては後述するとして、本作にはもう一つ大きな特徴があります。

 主人公の作家が旅することになるアヴァロン島ですが、それは大西洋のど真ん中に鎮座しており、そこに暮らす人々は<恩寵(ギフト)>を源に<理法(ロー)>を操るのだと言います。簡潔に言うならばすなわち、アヴァロン島には魔法使いが住んでいるのです。

 黎明期のスチームパンク作品について、ヴィクトリア朝を舞台に未来のテクノロジーや魔法を取り入れた作品と先述しましたが、この『蒸気と錬金』はヴィクトリア朝時代にオルタナ科学と魔法の両方を突っ込んだ、ある意味とても贅沢なスチームパンク作品なのです。

 

『蒸気と錬金』は最新のスチームパンク

 さて、魔法使いの住むアヴァロン島で、主人公がどんな珍事件に巻き込まれることになるのかは、実際に読んで確かめてもらうとして、ここでは蒸気錬金術というオルタナ科学について語りたいと思います。

 初期スチームパンクで描かれた技術は、ヴィクトリア朝の人々が思い浮かべるような未来の技術、すなわちレトロフューチャーだったそうです。ではスチームパンクの誕生から30年以上経ったいま、テクノロジーが格段に進歩した現代に生きる作家はヴィクトリア朝時代に何を持ち込むのか。その答えはパーソナルAIでした。

 ロンドンで暮らす人々が身に着ける<帽子>は、正式名称を蒸気錬金式幻燈機といいます。その幻燈機からは小動物や妖精、幻獣など、様々な幻燈種(ファントム)が投影されます。それらファントムには、例えば旅の記録を取らせたり、地図を覚えさせたりすることができるほか、ファントム同士で情報のやり取りも行えます。要するに、スマホのような個人端末の役割を果たすのです。さらにファントムは、簡単なコミュニケーションも取ることができます。こればかりは、過去の作家には書き得ない設定といえるのではないでしょうか。

 ただコミュニケーションといっても、さすがに定型的な応答しかできないとされていました。しかし、アヴァロン島に旅立つ直前になって、主人公が成り行きで手に入れた<帽子>のファントム・ポーシャは、かなりの毒舌で、主人公のやることなすことに茶々を入れてきます。

 そもそも編集者からの勧めで行くことになったアヴァロン旅行ですが、その旅行には出発前から不穏な陰謀の気配がつきまといます。しかしなぜかそれに気づけない迷ってばかりの三流作家と、表紙イラストの表情の通り勝ち気で主人公をからかうことに全力を挙げるポーシャの道行きは、いったいどんなものになるのでしょうか。