汗牛未充棟

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梧桐彰『その色の帽子を取れ-Hackers' Ulster Cycle-』&竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』――【レビュー】”現在”を描いた二つのSFから見る技術(者)と倫理

 昨年11月に出版された二つのSF作品。両者に関連はありませんが、どちらも現在の技術、もしくはその延長線上のごく近いところにある技術を扱ったSFサスペンスという点で、共通しています。さらに、物語の軸として、二人の男性の関係性の変化を描いている点でも類似します。

 似ているようでありながら、実は正反対でもあるこの二作をあわせて読んでみると、社会の先端で未来を創っている技術者たちのジレンマが見えてきました。

 

 

 まずは梧桐彰『その色の帽子を取れ-Hackers' Ulster Cycle-』。こちらはカクヨムで2018年から連載されていた同タイトルの書籍化作品で、公式のあらすじには”既存技術のみで描いたハッカーたちのドラマ”と謳われています。

 主人公は、とある事情で職を失った青年、ショウこと進藤将馬。彼はかつて、高校時代からの相棒であるサクこと木更津朔と”クー・フーリン”というセキュリティシステムを作り上げました。クー・フーリンには深層学習を利用した人工知能が搭載されており、従来のシステムでは手に負えない、より複雑な攻撃にも対応します。その実力が対外的にも認められたクー・フーリンでしたが、人工知能の開発を担当していたサクが突如として失踪、クー・フーリンもお蔵入りになってしまいます。以来、サクを探し続けていたショウですが、あるとき彼の前に仮面に車椅子の女が現れ、クー・フーリンの追加機能を差し出して、「木更津朔は生きている」と告げるのでした。

 作中で印象に残ったモノローグに、「現実の犯罪者は一斉にサイバー犯罪に走っている。泥棒や麻薬や売春で稼いでいるのは、時代から取り残された連中なのだ(p.63)」というものがあります。PCがなぜ動いているのかを知らず、インターネットの仕組みも分からない純然たるユーザーでしかない私には、別世界のことに思えて実感は湧きませんが、事実、大規模犯罪とサイバー技術はもはや不可分のものとなっているのでしょう。そしてサイバー犯罪に対して、いちユーザーでしかない我々も無関係ではいられません。『その色の帽子を取れ』は冒頭、ハッキングによって引き起こされた大規模な災害の場面で始まりますが、それが創作上の誇張でないことは、先日アメリカで起きた飲料水の汚染事件*1が示しています。

 しかし、アメリカで水道が汚染されたからといって、 じゃあセキュリティのことを勉強しようとはならないのもまた事実。そんな一般人の無知・無関心と、それに伴う法整備の遅れが、サクに道を違えさせる動機を与えてしまいます。ネットワークの自由と人々への啓蒙のため、サクは白い帽子ではなく、黒い帽子を取ってしまうのでした。

 白と黒の帽子とは、ショウとサクを見いだしたセキュリティ会社代表のハサウェイが彼らに語った言葉で、白い帽子=ホワイトハットは正義と秩序のために技術を使うハッカーを、黒い帽子=ブラックハットは社会の混乱や破壊のために技術を使うハッカーを意味します。そしてまだ帽子を選んでいない若くて優秀なエンジニアは、簡単に道を誤ってしまうと、彼らに忠告するのでした。

 二人で同じ道を歩んでいたはずが、別々の色の帽子を選んだことによってショウとサクの道は違え、やがて決定的な訣別を迎えてしまうことになります。しかし一方で、別々の道を歩んでいたのに唐突にその道が交わり、お互いに黒の帽子を取って快進撃を繰り広げてしまうコンビもいます。それが『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』の三ノ瀬と五嶋のコンビです。

 

 

 竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』は、第八回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を獲得した作品。投稿時のタイトルは『電子の泥船に金貨を積んで』といい、改題の是非について一時話題になりました。(個人的には、最初はダサいタイトルだと思いましたが、だからこそ記憶に残ったし、読後のいまではふさわしいタイトルだと思います。)

 生粋の技術オタクであり、AI技術開発チームの一員として働いていた三ノ瀬ですが、上司に反発して会社をクビになり、さらには両親の借金によって今にもヤクザによってバラされようとしていました。そんな三ノ瀬の元に現れたのは、サングラスにアロハシャツという、いかにも軽薄そうな身なりの五嶋という男。犯罪コンサルタントを生業にしているという五嶋は、三ノ瀬に対して現金輸送車の奪取を持ちかけます。

 狙うのは完全自動運転で動く特殊車両、通称《ホエール》。しかも、たとえ首尾よく現金を強奪しても、首都圏ビッグデータ保安システムという治安維持システムの普及により、逃げ場はありません。そんな状況を三ノ瀬と五嶋の二人は、Adversarial ExampleというAIを”騙す”技術によって打開していきます。さらに現金を奪ってからも、一度犯罪に関わってしまった三ノ瀬が簡単に解放されるわけもありません。それ以降もカジノのシステムを攻略したりと「オーシャンズ」や「007」ばりのクライム・サスペンスに、三ノ瀬は巻き込まれていくのでした。

 あくまでSF作品としての評価を定めるハヤカワSFコンテストでは、惜しくも優秀賞となってしまいましたが、エンタメとしての完成度でいえば文句なく素晴らしい作品なので、ぜひ手にとってほしい一冊です。

 さて、主人公の三ノ瀬について、あらすじだけを読むと、犯罪に巻き込まれてしまった哀れな技術者とも捉えられます。しかし三ノ瀬は、一種の積極性を持って犯罪に荷担していきます。ここで先程のハサウェイの言葉を思い出さずにはいられません。まだ帽子を選んでいないエンジニアは、簡単に道を誤ってしまいます。三ノ瀬も自分の技術や思い付きを試す場を求め、簡単に善悪の垣根を踏み越えてしまいます。

 「立場でも、善悪でも、損得でもない。僕は今、技術の話をしているんです」(p.70)

 この三ノ瀬の台詞は状況を踏まえると大変にかっこいい台詞なのですが、明らかに一般的な倫理観といったものは眼中にありません。裏を返せば、技術の発展というものは、人間の都合や倫理とは離れたところにあってほしいという、技術者の理想があるのかもしれません。

 片や、ともに歩んできた二人が、絆はありながらも、決定的な別れを迎えてしまう物語。
 片や、反りの合わない二人が出会い、なんだかんだパートナーシップを築いていく物語。

 正反対でありながらも、どちらも面白いSFサスペンスであることに代わりなく、おすすめの作品です。