汗牛未充棟

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『GENESiS 時間飼ってみた 創元日本SFアンソロジーⅣ』――どちらも超個性的な第12回創元SF短編賞正賞&優秀賞受賞作も掲載!

 

 東京創元社による全編書き下ろしのSFアンソロジー第4弾。創元SF短編賞出身の宮内悠介宮澤伊織高山羽根子のほか、この《GENESiS》シリーズで小説家デビューした詩人の川野芽生、さらにはベテランの小川一水小田雅久仁の新作を読むことができる。

 また、上記の3人の他にも松崎有理、酉島伝法などを輩出した創元SF短編賞、その第12回の正賞・優秀賞受賞作が掲載されている。どちらの作品も非常に個性的かつ魅力的な小説だった。

 ちなみに特別寄稿として、鈴木力によりこれまでの創元SF短編賞の歩みがまとめられており、この《GENESiS》の創刊をきっかけに賞に注目するようになった私のような新参者にもありがたい。

 

 第12回創元SF短編賞を受賞したのは松樹凛「射手座の香る夏」。SF作品としての中核をなすは意識の転送技術。舞台となる新天浪戦略技術特区でも、地下深くなど危険な場所においては、作業員がオルタナと呼ばれる機械に意識を転送して作業を行っていた。

 そんな特区の中でとある事件が起きる。オルタナでの作業中、意識のないはずの作業員の肉体が転送室から消えてしまったのだ。しかも5人分。

 作業中、転送室は施錠されており、鍵は室内にあった。その他外に繋がっているのは換気用の小窓だけ。事件の調査にやってきた警察の神崎紗月は、小窓に引っかかった動物の毛を見つける。物語はこのようにミステリの雰囲気をまとって始まるのだった。

 ちなみにこの直後、機械ではなく動物に意識を転送する「動物乗り(ズーシフト)」という違法技術がクローズアップされる。となれば、多くの読者が密室の謎について、小動物にズーシフトした犯人が小窓から侵入して、何らかの工作を行ったと思うのではないか。しかし真実はそうではなく、もっとSF的な驚きの解答が用意されている

 紗月が調査を続ける一方、かつて紗月が袂を分かった友人の娘のである未來と李子は、仲間たちとズーシフトに興じていた。そんな未來たちの前に絶滅したと思われていた伝説の存在、凪狼(カーム・ウルフ)が姿を現す。そんな凪狼に対して無茶な「乗り継ぎ」を挑む未來たちだったが……。

 親世代と子世代、それぞれのストーリーはやがて交わり、ラストへ向かっていく。伊藤計劃の『ハーモニー』を思わせるような結末は必見だ。

 

 優秀賞は溝渕久美子「神の豚」。今から2,30年ほど未来の台湾を舞台に伝統のお祭りと家畜、そして家族の物語が描かれる。

 台北の小さな映像制作会社に勤める語り手の女性は、あるとき次兄から連絡を受ける。その内容は長兄が豚になってしまったというものだった。

 実家に帰った語り手が次兄に話を聞くと、テーブルに料理が残ったまま忽然と長兄は姿を消し、その代わりに子豚がいたのだという。語り手も次兄も本気で兄が豚に変身したと信じたわけではないだろうが、その子豚をこっそりと飼うことを決める。

 実は数年前に家畜を媒介してヒトに伝染する感染症が世界的に流行し、台湾では家畜はすべて殺処分されていたのだ。そして食肉はすべて培養肉に置き換えられてしまった。つまり子豚を勝手に飼っていると知られたら、処罰される恐れがあるのだ。

 このことを機に仕事を辞めて実家に帰ってきた語り手は、学生時代の友人が営むカフェで働き始める。その友人は春節の日のお祭りに供える「神豬(シェンチュー)」を用意する当番になっていた。

 神豬はこのお祭りのために巨大に太らせた豚のことだが、これも感染症の影響で用意できない。伝統を守るためにどうすればよいか、友人は仲間たちと頭を悩ませるのだった。

 台湾の伝統文化を背景に、人が食べるために育てる命である家畜について考えることができる佳品となっている。

 

 もう1作、個人的にお勧めしたいのは宮澤伊織「ときときチャンネル#2【時間飼ってみた】」

 新人配信者の十時さくらは、同居人のマッドサイエンティスト・多田羅未貴の研究を紹介する配信を行う。その動画の書き起こしといったスタイルの本作。#2から読んでも問題ないが、別のアンソロジーに収録された#1も、電子書籍なら単独で購入することができる*1

 多田羅が高次元のネットワーク(仮称インターネット3)から読み取った情報で行う実験は、今回もまたぶっ飛んでいて魅力的だが、もう一つの魅力もお伝えしたい。それは十時さくらと多田羅未貴の関係性。

 作中では配信外の描写は一切されないため、読者も配信者としての十時さくら(と多田羅未貴)の姿しか知ることはできない。だからこそ配信中の何気ない一言から、本当はお互いのことをどう思っているのか、読者が想像を膨らませられる隙間が用意されている。

 さくらの目標はひとまずチャンネル登録者1000人ということだが、果たして達成できるのか。そして二人の関係は変化するのかしないのか。ぜひとも続きを執筆してほしい。