汗牛未充棟

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井上雅彦 監修『秘密 異形コレクションⅬⅠ』――秘密を守る緊迫感と秘密を暴く高揚感、どちらがお好み?書き下ろしホラーアンソロジー51弾

 

 毎回ひとつのテーマをもとに人気作家が異形の短編を書き下ろすホラーアンソロジーシリーズ《異形コレクション》。復活後3冊目、通算51冊目のテーマは「秘密」と、比較的縛りの緩いテーマとなっている。物語の視点人物が秘密を守ろうとしているのか、それとも秘密を暴こうとしているのか。立場が変わるだけで読み味もかなり違ったものになるのではないだろうか。各作家の自由な発想で書かれた全16編を楽しむことができる。

 今回《異形コレクション》初参加の作家は、掲載順に紹介すると織守きょうや、坂入慎一、黒澤いづみ、最東対地、嶺里俊介の5名。

 トップバッターを飾った織守きょうやは、『記憶屋』(2015−,角川ホラー文庫)などで知られる2012年デビューのホラー/ミステリ作家。収録作「壁の中」は新作の執筆に悩む新人作家のもとに、自身のデビュー作のヒロインと同じ名前を名乗る女が現れ、「あなたの秘密を知っている」と告げるところから始まる。秘密を守るためにさらなる秘密が生じ、次第に追い詰められていく主人公に目が離せない。

 『シャープ・エッジ:stand on the edge』(2003,電撃文庫)でデビューし、近年はショートショートの分野で活躍する坂入慎一「私の座敷童子はタイトルのとおり座敷童子がテーマ。DV彼氏と別れて実家に逃げ帰ってきた主人公は、かつて蔵の地下で座敷童子を見たときのことを思い出す。座敷童子という怪異の解釈が非常に面白い一作。

 『人間に向いてない』(2018,講談社)でメフィスト賞を受賞してデビューした黒澤いづみ「インシデント」感染症が蔓延した現代が舞台。同僚と通話を繋ぎながら自宅で仕事をしていた主人公だったが、次第に同僚の様子がおかしくなっていくことに気づく。リモート環境ならではの恐怖の演出が光る。

 収録作の中でも特に構成に凝った短編を仕上げたのは、『夜葬』(2016,角川ホラー文庫)で日本ホラー小説大賞の読者賞を受賞した最東対地「胃袋のなか」は全編が留守番電話に残された音声メッセージで構成されている。果たしてそれを聞いているのは”誰”なのか。

 嶺里俊介は『星宿る虫』(2016,光文社)で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞してデビュー。”ルート分岐”というとノベルゲームの印象だが、「霧の橋」はそれを小説に落とし込んだ作品に感じた。

 

 この他、個人的に印象に残った三編を紹介する。

 

 「明日への血脈」を寄せた中井紀夫は『ひとにぎりの異形 異形コレクションⅩⅩⅩⅨ』(2007,光文社文庫)ぶりの《異形コレクション》への参戦。客の女性に誘われて、山奥にある彼女たちの故郷を訪れたバーのマスターが、その村にまつわる秘密を知ることになる。近年の有名作品でいうとアリ・アスター監督の『ミッドサマー』(2019)を思い出す展開だが、本作ではああいったホラー展開にはならない。むしろ『ミッドサマー』の男性陣がより一層哀れに思えるほどの歓待を受ける。しかしその村には、もっと途方も無いスケールの「秘密」が隠されていたのであった。

 伴名練が編集した『日本SFの臨界点 中井紀夫編 山の上の交響楽』(2021,ハヤカワ文庫JA)に収録された「殴り合い」「絶壁」といった短編では、タイムトラベルや重力方向の変化といったSF的な事象が発生する。しかし、その事象に巻き込まれた張本人ではなく、それを観測する人物の視点で物語が描かれている。本作「明日への血脈」でも、特異な事象に対する語り手の距離感が面白い

 

 雀野日名子は48巻に続いて二度目の登場となるようだ。「生簀の女王」はデパ地下の鮮魚売場のバックヤードを舞台にした異形のホラー短編。そこに集められた女性たちの秘密とそこで行われる儀式は、ある種おとぎ話のようでもあり、一見突拍子もないものと思える。しかし鮮魚売場のバックヤードという、身近なようであって公共の空間とは隔絶されたその舞台設定が、もしかしたら……、という気にさせてくれる。

 やがて鮮魚売場の生簀に現れた”女王”の存在によって、周囲の人間が狂いだしていくのだが、恐ろしくもその狂気に目が離せないという、優れた一作だった。

 

 収録された全16作品の中で、一番の「異形」の物語は澤村伊智「貍(やまねこ) または怪談という名の作り話」だったのではないだろうか。澤村伊智は《異形コレクション》復活後の49巻から、三巻続けての掲載となる。

 物語の概要は、ホラー作家である語り手が、従兄から子供時代の思い出を聞くというもの。その従兄が話すには、小学生の頃のクラスメイトにかなりのいじめられっ子がいたのだが、その子をいじめていた同級生が次々に奇妙な死に方をしていったのだという。そこに至るまでの情景描写も大変気味悪く、死人も増えて段々と緊張感も高まっていくのだが、最大の山場に来たところで、その思い出話の構造自体に奇妙な点があることが明らかになる。

 この奇妙な構造について、説明してみたところで、聞いた誰もが「バカバカしい」「ネタに走った三文小説」だと思うだろう。しかし、物語を読んでいる間は、確かに恐ろしいのだ。この訳のわからなさこそ、《異形》の名にふさわしいのではないだろうか。