野﨑まどといえば、私にとっては長らく「電撃文庫MAGAZINEに変な短編を連載している人」という印象だった。普段小説は読まない弟も、野﨑まど劇場だけは読みたがって、二人してゲラゲラ笑っていた。(ちなみに電撃文庫MAGAZINEは、SAOの特大ポスター目当てで買っていたので、中身は野﨑まど劇場しか読んでいなかった。)
長編作品についてもいつか読みたいと思っていたところ、映画『HELLO WORLD』が面白かったことや、『[映]アムリタ』も含むメディアワークス文庫の既刊の新装版がきっかけとなって、ようやく本書を手に取った。しかし読み終わってみると、もっと早く読まなかったことが悔やまれるほどの面白さだった。私は中学生の頃に『クビキリサイクル』を読んで西尾維新信者になったが、同じ時期『[映]アムリタ』が出版されたときに読んでいたら、確実に野﨑まど信者になっていたことだろう。
ちなみに新装版は、白い背景に『Fate/strange Fake』などの森井しづきによるヒロインのイラストが配置されたシンプルな表紙で統一されている。こうやって統一感を出されると、つい全部買って並べたくなってしまう。
■あらすじ
芸大の役者コースに通う二見遭一は、同じ二年生で撮影コースに所属する画素(かくす)はこびの誘いを受けて自主制作の映画撮影に参加する。その映画の監督を務めるのは、「天才」と噂される新入生最原最早(さいはらもはや)だった。この3人に音響担当の三年生兼森を加えたチームは順調に撮影を進めるが、「天才」が作り上げた映画はいったい「何」だったのか……。
作品作りをテーマにした物語であれば、例えば資金不足やメンバー内での意見の衝突など、様々な障害を乗り越えて作品を完成させるというのが、一般的に考えられるストーリー展開だろう。しかし今回メガホンをとるのは「天才」と呼ばれる人物である。特にトラブルらしいトラブルもなく撮影は進む。平坦な展開といえるかもしれないが、そこは最原最早と二見遭一のノリのいい会話で飽きることなく読ませてくれる。(個人的には初期の〈物語〉シリーズを思い出した。)映画が完成したあとの展開にぜひ衝撃を受けてほしい。
■天才の描き方
古今東西「天才」と呼ばれるキャラクターは数多くいるが、読者に畏怖されるほどの天才はなかなかいないのではないだろうか。私が思うに、計算が早いとか、技術的なレベルが圧倒的に高いというだけでは足りない気がする。それでは結局、一般人の延長にすぎない。同じ直線同士であれば長短を比べることができるが、直線と立体では比較そのものが成立しないように、真の天才とはそもそも凡人との比較が成立しないほど高次にあってこそではないだろうか。
私が最原最早に感じたのも、そうした見ている景色が全く違うことへの恐ろしさだった気がする。