汗牛未充棟

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SFの醍醐味が詰まった傑作アンソロジー――東京創元社編集部編『宙を数える 書き下ろし宇宙SFアンソロジー』

 東京創元社の文庫創刊60周年を記念して制作された『宙を数える』及び『時を歩く』は、創元SF短編賞受賞者によるテーマ別の書き下ろしアンソロジーとなっている。今回読んだ『宙を数える』は宇宙SFがテーマとなっており、私は宮澤伊織を目当てに手に取ったが、傑作ぞろいの素晴らしいアンソロジーだった。ここでは全6編のうち3編にしぼって紹介したい。

 

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オキシタケヒコ「平林君と魚の裔」

 数多の種族により、星々のあいだに≪通商網≫と呼ばれる経済圏が築かれた世界で、地球人唯一の星間行商人スミレ・シンシア・ヒルに雇われた海洋生物学者の主人公は、彼女の宇宙船で操縦士の”平林君”と引き合わされる。ゼフェドである”平林君”は、名前とは裏腹にヒト型とは程遠い容姿をしていた。さらに会計士であるククルドのトリプレイティを加えた一行は、明らかに危険な匂いのする商売のため地球を飛び立つのだった。

 他種族によって経済を支配されている圧倒的不利な状況のなか、たったの一隻で宙に乗り出し、経済戦を仕掛けるというだけで、相当に期待を煽られる素晴らしい状況設定だ。その上にさらに生物学の観点から語られる種族間の生存戦略の違いが面白い。そしてなによりそれらの要素が見事にまとまって、この一編を形作っていることに感動した。

 

■宮西建礼「もしもぼくらが生まれていたら」

 2020年、高校1年生になったトオルは幼馴染のタクヤ、トモカと三人一組で衛星構想コンテストに挑もうとしていた。そのコンテストはオリジナルの人工衛星宇宙機のミッションを考案し、完成度を競い合うものだが、実現可能性を重視して確実に入賞したいトオルと、無謀であっても現実的な課題の解決に取り組みたいトモカとで意見が対立していた。現実的な課題とは十二年後に地球に最接近する小惑星である。発見当初、地球に落下する確率はごく僅かとされていたが、その確率は次第に増加し、社会に影響を及ぼしていく。

 衛星構想コンテストに取り組む高校生の青春ものとして読んでも、未知の災害に直面した社会を描く災害ものとして読んでも面白いのだが、実はこの作品過去のとある時点から現実とは違う歴史をたどった、ifの世界を描いている。果たして何が異なっているのか。ヒントはいくつも散りばめられており、それに気づいたとき、もしくは種明かしをされたときの気持ちよさをぜひ味わってほしい。

 

■宮澤伊織「ときときチャンネル#1【宇宙飲んでみた】」

 生活費を稼ぐため、チャンネルを開設し配信を始めた十時さくら。配信の内容は同居人のマッドサイエンティスト多田羅未貴の発明品を紹介するというもの。記念すべき初配信でさくらに渡されたものはマグカップに入った宇宙だった……。

 VirtualYoutuber(=Vtuber)の界隈では kemt lzan nykhn などのように伏字で示される関係性がある。特定のジャンルについて浅い知識で知ったように語ることほど愚かなこともないので、詳細については口を閉ざしたい。ただ、個人的に思うところは、台本もなく日常を切り取ったような配信の中で、ときおり彼女ら彼らの素の関係性、普段は表に出ない相手への感情が読み取れるかのような瞬間があり、オタクはそれに触れたとき「てぇてぇ」とうめくだけのリビングデッドになるしかないのである。
 そのような「互いへの感情が垣間見える瞬間」が本作でも完全に再現されており、さすがその筋の第一人者とい言うほかない。

 宮澤伊織作品の、日常の風景が突然異世界とつながる感じが私はとても好みなのだが、2DKの一室でありながら突然高次の世界につながる多田羅の部屋はその意味でとても興味深い。あとがきによるとシリーズ化の目論見があるそうなのでぜひ期待したい。