汗牛未充棟

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宮澤伊織『神々の歩法』――少女と戦闘サイボーグたちが”神”に挑む。『裏世界ピクニック』著者のSFレーベルデビュー作が遂に刊行!

 

 

 早川書房より刊行中の『裏世界ピクニック』シリーズがアニメ化もした宮澤伊織。彼のSF作家としてキャリアのスタートでもある『神々の歩法』が、遂に東京創元社から刊行された。

 

 「神々の歩法」の初出は、2015年の創元SF文庫『折り紙衛星の伝説 年間日本SF傑作選』。第6回創元SF短編賞の受賞作として掲載された。受賞以前からTRPGライトノベルの分野で活躍していた宮澤伊織だが、娯楽SFとしてのクオリティの高さを評価され同賞を受賞。SF作家としての再デビューを果たす。

 その後は先述の『裏世界ピクニック』など早川書房から出版が続くが、その合間に東京創元社のアンソロジーからもいくつかのSF短編を発表している。

 

 今回はその「神々の歩法」のほか、アンソロジーに掲載済みの2編と書き下ろし1編を加えた連作短編集となっている。

 そんな本作の物語は、アメリカから来たウォーボーグの部隊が、廃墟となった北京を進軍する場面から始まる。ウォーボーグとは戦闘に特化したサイボーグのこと。戦争のためにあるような彼らだが、此度の目標は軍隊ではなく、たった一人の男だった。

 その男は突如として北京の上空に飛来すると、奇妙なステップを踏み始める。すると街中から火柱が立ち昇り、瞬く間に都市全体を焼き尽くしてしまったのだ。

 そんな神とも見紛う男に挑むウォーボーグたちだったが、炎を自在に操る男相手にまったく歯が立たない。あわや壊滅といったところで空から割って入ったのは、足元に青い炎をまとった一人の少女だった。少女の名前はアントニーナ・クラメリウス。彼女もまた炎を操って男に対抗するのだった。

 

 ここで男やニーナの正体についてネタバレしてしまうと、彼女たちは神ではなく、地球外からやってきた高次元の生命体に憑依された存在なのである。遠い宇宙で起きた超新星爆発によって吹き飛ばされたその生命体たちは、永い漂流よって変質してしまい、たまたま憑依した人間の精神と混ざり合って、暴れだしてしまう。

 そんななか、憑依をされたものの、たまたま精神の融合を免れたニーナと、隊長のオブライエンをはじめとしたウォーボーグたちが協力して、次々と地球にやってくる高次元生命体に対処するというのが、本作の概要となっている。

 そう聞くと異能バトルものといった印象を受けるかもしれないが、高次元生命体の在り方や憑依先も様々であり、対人戦闘よりも何らかの奇妙な現象に対応するといった展開が多い。「誰と戦うか」よりも「何が起きるのか」に注目して読んでほしい

 

 またその他にも人間関係の行く末にも注目したい。ニーナは十代半ばの少女の見た目をしているが、事情があってその精神はより幼いものとなっている。そんな彼女に憑依した〈船長〉も、理性は保っているが、時にはまったく会話できないほどの鬱状態にある。簡単に都市を滅ぼせるほどの力を持ちながら、両者ともに不安定な精神構造をしているのだ。

 そんな彼女と信頼を築こうとするオブライエンらウォーボーグたちは、みな善良な大人ではあるのだが、実はひとつボタンを掛け違えれば崩壊しかねない危険を常にはらんでいるのであった。

 

 本作の主要人物であるニーナと〈船長〉、それにオブライエンたちは、それぞれ別種の孤独を内に抱えている。そんな彼らが絆を深めていくことができるのか。創元日本SF叢書からはまだシリーズ作品は刊行されていないようだが、本作のシリーズ化に期待したい。