汗牛未充棟

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オキシタケヒコ『筺底のエルピス7-継続の繋ぎ手-』――【コラム】繰り返される《門部》攻略戦。《門部》という筺の底に希望は眠るのか。

 (※記事中に7巻までのネタバレを含みます。)

 憑依した人間に抗えない殺人衝動をもたらす「殺戮因果連鎖憑依体」。そのような超常の存在に対し、「停時フィールド」という能力で戦う人々を描いたSF異能バトル小説『筺底のエルピス』の待望の7巻が発売されました

 停時フィールドとは、展開することで空間内部の時間を止めることができる能力。その展開できる範囲や持続時間などのパラメータは使い手によって様々ですが、フィールドの境界面はあらゆる物質を切断するため、すべての攻撃が一撃必殺となりうる脅威を持ちます。

 全五章となることが予告されている『筺底のエルピス』ですが、この7巻「継続の繋ぎ手」は第四章「標なき道」を締めくくる物語になっています。

 

 

 

第一章~第四章 振り返り

 第一章「絶滅前線」(1巻)では主人公・百刈圭が所属する日本の鬼狩り*1組織《門部》と、世界最大の宗教を基盤とする鬼狩り組織《ゲオルギウス会》との、”白鬼”をめぐる対決が描かれました。

 第二章「夏の終わり」(2巻)では、謎に包まれた最後の鬼狩り組織《》が《門部》を襲撃。《門部》本部は陥落し、圭は《門部》当主でもある妹の百刈燈、そして数人の仲間たちとともに、本部から逃走します。

 第三章のタイトルは「廃棄未来」(3,4巻)。圭たちに残された逆転の手段は、停時フィールドを利用した過去へのタイムトラベルでした。絶望の未来を切り捨て、希望の残る過去へ戻るため、決死の逃亡劇が繰り広げられます。

 そして物語は第四章「標なき道」(5~7巻)へといたります。《門部》崩壊の未来は廃棄され、その未来から持ち帰られた”黒鬼”のデータを元に、三つの鬼狩り組織は、互いに協力する道を探り始めます。そんななかで圭が知ることになったのは、人類に停時フィールドをはじめとした鬼狩りの力を与えた異星知性体の思惑と、それによる人類滅亡を防ぐために、抗うことを決めた人々の秘密でした。

 しかし突如として、異星知性体の上位存在が《門部》当主である燈の体を乗っ取り、一瞬で《門部》を制圧してしまいます。《門部》が保護する白鬼を異星知性体が手に入れれば、人類の滅亡が確定してしまう。7巻では、燈を取り戻すため、異星知性体の手駒にされた最強の柩使い”たち”が待ち受ける《門部》本部の攻略に挑みます。

 

繰り返される《門部》本部の攻略

 この「《門部》本部の攻略」というのは、シリーズのなかで、形を変えて何度も描かれてきた展開でもあります。この《門部》本部こそが、『筺底のエルピス』における「パンドラの箱(筺)」といえるのではないでしょうか。

 そもそも『筺底のエルピス』という作品タイトルは、ギリシャ神話の「パンドラの箱(筺)」の逸話に由来します。Wikipediaを参照すると、パンドラ(パンドーラー)とは神々によって作られた人類最初の女性で、神々に決して開けてはいけないと言われた箱(本来は甕)を開けてしまったことにより、そこから様々な災いが飛び出してしまいます。しかし「エルピス(希望、予兆)」だけは飛び出していかず、箱の中に残ったのでした*2

 百刈圭の操る停時フィールドの形状が直方体、すなわち箱の形をしていたりと、作中様々な形で、この逸話はモチーフとして取り入れられていますが、「《門部》本部」もまた「パンドラの箱」の一つのメタファーと言えるのではないでしょうか。

 《門部》の底にあるエルピスを求め、様々な人々が《門部》の攻略に挑みます。始めに《門部》の攻略に挑んだのは、最大規模の鬼狩り組織《I》の不死者でした。白鬼の引き渡しを要求して《門部》に攻め込んできた彼らですが、その行動は《門部》に捨て身の《捨環戦》を実行させ、鬼の封伐ができなくなった世界には、結果的に災厄が溢れかえることになってしまいました。

 二度目の《門部》攻略は、その《捨環戦》の終盤で行われました。制圧された《門部》から逃げ出した圭たちですが、希望の残る未来を取り戻すためには、再び《門部》最深部に戻らなければなりません。それは守りを固める《I》を打倒して、という前提でしたが、黒鬼の出現により世界の荒廃が行くところまで行ってしまった世界で、意外な決着を迎えることになります。結果として絶望的な未来を廃棄し、希望(エルピス)を取り戻したと言える《門部》勢力ですが、それは他に類を見ないような絶望感を読者に与えるような結末でもありました。

 そして三度目の《門部》攻略が描かれるのが最新7巻「継続の繋ぎ手」です。人類滅亡までの数十分で、最強の柩使いたちが待ち受ける《門部》を攻略しなければいけないというのは、いかにも絶望的ですが、オールスターで挑む攻略は、とてもロジカルかつ興奮の展開でした。

 

確定した”終わり”を覆せ

 さて、残すは第五章のみというところまで来てしまいましたが、登場人物たちの置かれた絶望的な状況にはまだ変わりありません。白鬼に憑かれた結は、いつか黒鬼となって災厄を引き起こしてしまうでしょう。ヒロインである叶とカナエも、どちらかが死ぬまで一本角の強大な鬼に襲われ続ける運命にあります。そもそも作中の人類全体が、いつか鬼によって絶滅する未来を辛うじで先延ばししている状況です。”終わる”ことが確定しているような詰んだ状況ですが、しかし解決方法は2巻で間白田が示しています。

 《門部》と《I》、正面から戦えば一切勝ち目のない戦力差ですが、間白田は《捨環戦》をしかけて”負けない”策を打ち出しました。つまり、相手の柩使いを倒したら勝ちという盤面から、勝利条件を設定し直したと言えるでしょう。

 作中でラスボス的な存在感を放つ異星知性体の上位存在ですが、それを倒しても「殺戮因果連鎖憑依体」の問題が解決するわけでもありません。そんななか、圭たちがいったいどんな勝利条件をたてるのか、どんなエルピスを見出だすのか。第五章「絶望時空」の開幕が楽しみです。

*1:ここでいう鬼とは殺戮因果連鎖憑依体のこと

*2:パンドーラー - Wikipedia