汗牛未充棟

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【コラム】ソードアート・オンライン ”プログレッシブ” シリーズの3つの縦軸と10層問題

 本物のデスゲームと化したVRMMO-RPGソードアート・オンライン」。100層からなるゲームの舞台「アインクラッド」の攻略を、1層から順番に描くSAO外伝プログレッシブシリーズは、最新7巻が先日発売されました。7層にたどり着いたキリトとアスナは、ベータテスト時にキリトが全財産を失った因縁の「モンスター闘技場」で、イカサマ破りに挑みます。

 

 
 今秋には劇場版の公開も決定したプログレッシブシリーズですが、そもそもどんなストーリーで、本編との違いはどこにあるのでしょうか。

 


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 『ソードアート・オンライン』はシリーズ本編が現在25巻まで出ている長期シリーズですが、実はタイトルになっている「ソードアート・オンライン」というゲームでの出来事が描かれているのは、そのうちのごく一部でしかありません。なぜならば、本編の1巻で「ソードアート・オンライン」自体は主人公キリトによってクリアされているからです。1巻ではゲームの始まりと終わりの部分が描かれ、その間の出来事はいくつかの短編で補完されました。

 とはいえ作中では攻略までに二年の月日が流れており、その間の出来事は多少の短編では語り切れません。そのため100の層からなるSAOの舞台「浮遊城アインクラッド」の攻略を、改めて1層から順番に描いていこうというのがプログレッシブシリーズの概要です。

 

 しかしこのシリーズもいきなり書籍化されたわけではありません。始まりは『電撃文庫MAGAZINE Vol.25 2012年5月号』の付録「”まるごと1冊”川原礫 アクセル・ワールドソードアート・オンライン」に掲載された「星なき夜のアリア」という短編にあります。

 プログレッシブ2巻のあとがきによると、この短編はアニメのために書き下ろされたということ。アニメでは物語の順番を、時系列順に並べ替えていましたが、そうすると序盤の展開が薄くなってしまいます。それを補うために、キリトとアスナの最初の出会いと、第1層を攻略するまでのお話が書かれたようです。

 1層のボスを倒したあと、とある事情からキリトはプレイヤーのベータテスターに対する不信や不満を一身に引き受けて、ソロプレイヤーの道を進んでいくことになります。そして一時的にコンビを組んでいたアスナに対しても、「もしいつか、誰か信頼できる人にギルドに誘われたら、断るなよ(1巻,167頁)」と告げて、別れてしまいます。

 ここからキリトとアスナが別々の道を歩み始め、やがてトップ層の攻略者集団の一員として再び二人が巡り会うのが、本編及びアニメルート。2層ですぐに再会した二人が、いろいろあってなし崩し的にそのままパーティーを組むようになるのがプログレッシブルート、という捉え方ができるのではないでしょうか。

 

 さて、このプログレッシブシリーズは、攻略する層ごとにパズルやカジノなど様々なテーマがあり、毎回違った面白さを見せてくれますが、シリーズを通して進行する三つのストーリー(縦軸と言ってもいいでしょうか)があります。

 一つ目は攻略ギルド間の対立です。1層のボス戦をきっかけに、攻略者集団は二つの派閥に分かれてしまいます。一方は、リソースを一部のプレーヤーに集中させることを主張するギルド《ドラゴンナイツ・ブリゲード(DKB)》。そしてもう一方は、広くリソースを分配することを主張するギルド《アインクラッド解放隊》です。反りが合わない両ギルドのため、時にはキリトとアスナが衝突回避に奔走します。

 二つ目は3層から続くキャンペーンクエスト《翡翠の秘鍵》。このクエストでは、プレイヤーは対立する森エルフと黒エルフのどちらかに加勢して物語を進めていきます。ベータテスト時の経験をもとに黒エルフに加勢したキリトたちでしたが、負けイベントに勝ってしまったことにより、クエストは未知の展開に突入します。負けイベントで死ぬはずだった黒エルフの騎士キズメルのことを、NPCであると知りながらも仲を深めていくキリトたちの姿は、SAO本編のアリシゼーション編を思わせます。

 そして三つ目はギルドの対立とキャンペーンクエスト、そのどちらにも関わって暗躍するPKerたちとの対決です。PKerとはプレイヤーキラーのこと。HPがゼロになれば現実でも命を落としてしまうという状況で、あえて殺人を行おうとするプレイヤーたち。そんなPKerたちの陰謀が、度々キリトに襲い掛かるのでした。

 

 刊行ペースはゆっくりですが、このように着実に進行しているプログレッシブシリーズ。しかし、10層のあたりで物語はとある重大な転機を迎えることになるはず。それが「10層問題」です。(もちろん私が勝手にそう呼んでるだけですが。)

 先ほども少し触れたように、プログレッシブはオリジナルに対し、一つ大きな矛盾を抱えています。それがキリトとアスナの関係値です。本来ならば、同じ攻略組として顔見知り程度の関係だったキリトとアスナは、アインクラッドの攻略がかなりのところまで進んだところで、とあるきっかけにより仲を深めるようになります。ちなみにこのエピソードは本編8巻に「圏内事件」というタイトルで収録されています。

 しかし、プログレッシブでは2層で再会した二人はそのままパーティーを組み続け、序盤からグイグイと距離を近づけていきます。オリジナルの展開に戻すためには、どこかで別々の道を選ばなければいけません。

 集団とは敢えて距離を保っているキリトですが、アスナについては「集団を導く才能を持っている」「こんなところにいるべきではない」と考えている様子が度々描写されます。それでも「そのときが来るまでは」と、ベータテスターとしての知識や経験を元にしてアスナを導くキリトですが、「そのとき」は着々と近づいてもいます。それが10層、すなわちベータテスト時の最終到達点です。そこに至ればキリトのベータテスター=ビーターとしての優位もなくなり、二人がパーティーを組んでいる理由の一つがなくなってしまいます。

 また、一つ手前の9層ではキャンペーンクエストが終わることになっています。オリジナルの展開に従うならば、NPCのキズメルとはここで別れなければいけないことになります。しかしプログレッシブからの新規キャラクターであるキズメルとも既に長い付き合いになり、読者としても愛着のあるキャラクターになりました。

 私としては、オリジナルとの整合性はこの際捨てて、主人公キリトと単独ヒロインのアスナ、そしてキズメルやアルゴも含めたその周辺の人々の物語としてプログレッシブシリーズは展開していってほしいと思います。

 どう転ぶにせよ、転換点となる9-10層の物語は大きな盛り上がりを見せてくれることでしょう。