汗牛未充棟

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2020年 長編小説年間ベスト

 先日の短編小説年間ベストに続きまして、長編小説の個人的年間ベスト5を発表したいと思います。

 短編小説と同様に、買ってはいるけれど読めていない本も多くあり、反省です。特にシオドラ・ゴスの『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』などは絶対に面白いと思いつつも、長さにビビって積んだままだったりするので、来年は積極的に長編に挑んでいきたい次第です。

 一応のレギュレーションですが、2019年末から2020年内に刊行された長編小説が対象で、雑誌で連載された作品も今年単行本が出版された作品ならば、ありとしました。また、連作短編集は一作の長編としてカウントしています。

 また、順位をつけていますが、5作から漏れてしまった作品も含めて、実質全部1位ということでひとつよろしくお願いします。

 

【第5位】野﨑まど『タイタン』講談社 2020.4.20
タイタン

タイタン

 

  野﨑まどによる”お仕事”小説

 人口知能の技術が発達し、人間に代わってすべての労働を人工知能が行うようになった未来の世界で、主人公の内匠成果は、趣味で心理学を学んでいました。そんな成果のもとに、とある仕事が舞い込みます。人間が仕事をしなくてもよくなったはずの世界で、成果に与えられた仕事は人工知能のカウンセリングでした。世界に12か所存在する知能拠点のうちの一つが原因不明の機能低下に陥ったため、人工知能に人格を与え、カウンセリングによってその原因を探ろうというのが前半のあらすじ。そこから物語はロードムービーだったり、アクションだったりと、様々に展開します。

 そんな物語の軸にあるのは、「仕事」とはいったい何かという普遍的な問いかけです。なんとでも答えられそうな問いであり、それゆえに正解などないようにも思えますが、そんな問いに対して「答え」を出してしまうところが、野﨑まどのすごさだと思います。旅パートの雰囲気も良くて、広くおすすめできる一冊です。

 

『タイタン』野﨑まど――「バビロン」「HELLO WORLD」の野﨑まど、<仕事>を巡る最新SF - 汗牛未充棟

 
【第4位】珪素『異修羅Ⅱ 殺界微塵嵐』『異修羅Ⅲ 絶息無声禍』電撃の新文芸 2020.3.17 , 8.12
異修羅III 絶息無声禍 (電撃の新文芸)

異修羅III 絶息無声禍 (電撃の新文芸)

  • 作者:珪素
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: Kindle
 

  「このライトノベルがすごい!2021」にて単行本・ノベルス部門1位を獲得した、異世界群像バトル小説です。完結していないシリーズものはランキングから除外しようと思ったのですが、3巻の前半でちょうど一区切りついたので、良しとしました。私がルールなので。

 舞台は人間だけでなく、エルフやドワーフワイバーンなど様々な種族が暮らす異世界。そこでは長い間”本物の魔王”が君臨しており、恐怖が世界を覆っていましたが、あるとき遂に”勇者”によって”魔王”は倒されます。しかし”勇者”は名乗り出ることなく姿を消し、絶対的強者のいなくなった世界は再び混乱の兆しを見せました。

 そのため人族最後の国家「黄都」は、世界中から強者たち、すなわち”修羅”を集め、六合上覧というトーナメント戦を行い、最後に残った一人を”勇者”として祭り上げることで、世界を安定させようと謀るのでした。

 3巻前半までは、そのトーナメントの参加者を決めるための実質的な予選の様子が描かれ、それは同時に本選出場者のキャラクター紹介パートでもありました。単純な腕力だけではない様々な強さを持った修羅たちが登場しますが、予選敗退者も含め、その誰もが魅力的に描かれます。恐らく作者の中にはキャラクターをかっこよく魅せる演出の引き出しが無限にあるのではないでしょうか。

 3巻後半でようやく六合上覧が始まったところなので、まだまだ物語の行く末に注目です。

 

『異修羅 Ⅱ 殺界微塵嵐』珪素――すべてを粉微塵にする嵐を前に、恐るべき修羅たちが激突する。謀略の2巻! - 汗牛未充棟

 
【第3位】石川博品『ボクは再生数、ボクは死』enterbrain 2020.10.30
ボクは再生数、ボクは死

ボクは再生数、ボクは死

 

  VR技術が発達した今より少しだけ未来の世界、狩野忍(28歳・男性)は世界一可愛い美少女・シノのアバターを身にまとい、高級娼婦ツユソラに会うためのお金を稼ぐため、VR空間で悪質なユーザーを射殺する過激な配信で再生数を伸ばします。現在のVtuber文化を下敷きにした、近未来ピカレスクとでも言えそうな物語が描かれます。本書のキャッチコピーにもある通り、まさに「エロス&バイオレンス」といったような内容ですが、終盤の怒涛のエモーショナルな展開も印象的でした。

 現在活躍の場を広げているバーチャルキャラクターですが、当然その裏側には「中の人」とか「魂」と呼ばれる人がいることになります。しかしだからと言って、中の人とバーチャルキャラクターが完全に同一の存在かというと、そうではないと私は考えます。中の人によるロールプレイと、受け手(視聴者)の解釈という双方向からの矢印が交わるところにキャラクターというものが生まれるのだと、私は思っているのですが、とはいえその存在が中の人に強く結びついていることに違いはありません。

 本書はそんなバーチャルキャラクターという不安定な存在の生を描き切った傑作だと感じました。

 

石川博品『ボクは再生数、ボクは死』――炎上上等過激配信!刹那主義の果てに何をつかむのか - 汗牛未充棟

 
【第2位】宮澤伊織『裏世界ピクニック4 裏世界夜行』『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバルハヤカワ文庫JA 2019.12.20 , 2020.12.20

  実話怪談に登場する怪異が跋扈する裏世界を女子二人が探検するという、早川書房がおくる百合ホラーSF。2021年1月からはTVアニメも放送されます。

 こちらもシリーズ継続中ですが、一区切りついたのでランクインとしました。しかし『裏世界ピクニック』は最終回が多すぎて、ファイル12をもって一区切りとするのか、それともファイル15か、もしくはファイル17なのか、諸説あると言われています。(いません。)反面それは、空魚と鳥子の二人の関係性の変化がそれだけ丁寧に描かれているということでもあります。

 『裏世界ピクニック』の何が面白いかについては、TVアニメが終わるころに改めて記事にしたいと考えていますが、どうして私がハマったかについては、次の第1位をお読みください。

 

季節は冬、関係性も裏世界の恐怖も加速する!――宮澤伊織『裏世界ピクニック4 裏世界夜行』 - 汗牛未充棟

 
【第1位】小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』ハヤカワ文庫JA 2020.3.20

  結局キャラ萌えで小説を読んでいる!

 今回のランキングを考えているうちに気づいてしまったのですが、私の小説の読み方はキャラクター重視で、どれだけ登場人物を好きになれるかによって、その作品への思い入れが変わるようです。その意味でテラとダイオードのコンビは今年最強の主人公でした。

 物語の舞台は遥か遠い未来の辺境宇宙。そこで暮らす周回者(サークス)と呼ばれる人々は、氏族ごとのコロニーに別れ、昏魚(ベッシュ)という宇宙を泳ぐ鉱物資源を捕まえて生活していました。昏魚の漁は伝統的に夫婦で行うものとされていましたが、あるときテラは家出少女のダイオードと出会い、異例の女同士で漁に挑みます。旧弊的な氏族社会の中で、テラとダイオードの前には様々な障害が立ちふさがりますが、それを乗り越え、絆を深めていく二人の様が痛快な作品です。

 『裏世界ピクニック』にも通じるものがありますが、宇宙という危険で孤独な環境にあって頼れるのは己と相棒だけ、という「ふたりぼっち」なシチュエーションが私は好きなのかもしれません。

 TCRの魅力は他にも様々あり、特に終盤の「地獄の縁の罵倒大会」で互いに感情を爆発させる場面が最高だったりするのですが、やはり締めの一文が秀逸だったと思います。たった10文字と短い一文ですが、鮮烈なイメージを想起させつつ、二人の未来を予感させる素敵な締めくくりでした。

 

『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』小川一水――偏見や因習をはねのけて、ツインスターが宇宙を駆ける - 汗牛未充棟