汗牛未充棟

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宮澤伊織『そいねドリーマー』――現実では初対面、でも夢の世界では恋人同士。もうひとつの”裏世界”の冒険。

 TVアニメ「裏世界ピクニック」が好評放送中の宮澤伊織が2018年に書き下ろした『そいねドリーマー』がこの度文庫化となりました。実話怪談の怪異がはびこり、危険なグリッチに溢れた恐ろしい裏世界とは異なり、想像力次第でなんでもできるもう一つの”裏世界”の冒険を、ぜひ体験してください。

 

そいねドリーマー (ハヤカワ文庫JA)

そいねドリーマー (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 高校2年生の帆影沙耶は、日常生活に支障をきたすほどのひどい不眠に悩まされていました。あるとき保健室のベッドで休んでいると、一人の女子生徒が沙耶のいるベッドに倒れ込んできます。声をかける間もなく眠りについた彼女につられるように、沙耶も久しぶりの眠りにつくのでした。その少女、金春ひつじと一緒なら眠れることに気づいた沙耶は、改めて金春ひつじと出会い、人々の眠りに寄生する「睡獣」と、それを退治する「スリープウォーカー」のことを知ります。こうして沙耶はスリープウォーカーの仲間たちと睡獣退治に挑むことになるのでした。

 

 さて、公式に「百合SF」を謡っている本作は、主人公の沙耶とヒロインのひつじとの関係にも注目です。文庫の帯にも「夢のなかでだけ、ふたりは恋人。」とあるように、夢の世界(ナイトランド)と現実の世界(デイランド)では、二人の関係性は異なります。

 ひつじが沙耶が休む保健室のベッドに倒れこんできたとき、確かに彼女たちは初対面のはずでしたが、夢の中で出会った二人は、まるで昔からの恋人同士であるかのように睦み合います。夢から覚めた沙耶は、ナイトランドでの気持ちを引きずって、つい眠るひつじの唇にキスをしてしまいますが、覚醒と同時にひつじを愛しく思う気持ちも遠いものになり、自分の行動に激しく動揺するのでした。このデイランドとナイトランドでの関係性のギャップがどう収束していくのかも見どころです。

 

 そして、もう一つの”裏世界”とでもいうべきナイトランドの造形もまた、魅力的です。人の想像力の産物であるナイトランドは、竜の棲む涸れ谷だったり、闘技場だったり、そうかと思えば病院の廊下だったりと、入るたびにちがった光景を見せてくれます。もともと映像化を見据えた設定ということで*1、ときに幻想的であったり、ときに不気味であったりと、アニメーションで見たくなるような世界観です。

 そんなナイトランドの世界で、スリープウォーカーたちは「自分は夢の中にいる」と自覚すること、つまり明晰夢を見るようにして、自在に活動します。ナイトランドでは、自分の姿すらも想像力次第であり、RPGに出てくるような装備を身に着けるだけでなく、自分の体の一部を動物に変身させたりもしながら、彼女たちは精神寄生体”睡獣”と戦います。

 しかし、そんなスリープウォーカーも万能ではありません。ナイトランドで明晰さを失えば、たちまち夢の世界に取り込まれてしまいます。そして夢の中では簡単に明晰さを失ってしまいます。夢の世界にいるという自覚を失って、めちゃくちゃな異言を吐き出す様は、面白くもあり恐ろしくもあります。認知機能をハッキングされるので、自分がおかしくなっていることに自分で気づけないという恐ろしさは『裏世界ピクニック』に共通するものがありますね。

 

 『裏世界ピクニック』の裏世界も、『そいねドリーマー』のナイトランドも、この現実とは薄皮一枚を隔てた隣に存在します。主人公たちは表の世界で日常生活を送りながら装備を整え、作戦会議をし、裏の世界の探検・攻略に挑んでいきます。こうした設定は小説だけではなくゲームでもペルソナシリーズなどがありますが、現実に軸足を起きつつの異世界探検は、転生とはまた違った面白さがあるように思います。