汗牛未充棟

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超常たちの激突、その前日譚――珪素『異修羅Ⅰ 新魔王戦争』

 その世界にはかつて”本物の魔王”が君臨していた。人族だけでなく獣族や竜族までをも恐怖で支配した魔王であったが、ある時ついに「勇者」によって倒される。

 しかし魔王を討ち果たした勇者とはいったい誰なのか、それを知るものはいなかった。そこで人族最後の国家「黄都」は勇者を"決める"ための上覧試合を開催する。参加するのはいずれも劣らぬ超常の英雄、能力者ばかり。はたして試合を勝ち抜いて「勇者」となるのは誰か。しかし気を急いてはいけない。今はまだ前日譚でしかないのだから。

 

異修羅I 新魔王戦争 (DENGEKI)

異修羅I 新魔王戦争 (DENGEKI)

 

 

 『異修羅』はカクヨムに掲載されている人気作品。この度の書籍化にあたって12万字という凄まじい量の加筆がされている。著者の名は珪素。個人的にはアプリゲーム『Fate/GrandOrder』を超熱血キャラをロールしながら実況していた「♯珪GO」の人として認識していた。

 

 カクヨム版の目次を確認すると、上覧試合が始まる前にキャラクター紹介のためのストーリーが一人につき二章ずつ用意されている。この書籍版では、リチア新公国の黄都に対する独立戦争を軸に、一部の修羅たちの紹介ストーリーをまとめて再構成したものとなっている。
 
 魔王のいなくなった世界を再び恐怖によって統治しようとした魔王自称者の”警めのタレン”は黄都からリチア新公国を独立させる。表向きは穏便な解決を図る黄都であったが、戦争の準備に余念はなく、また警めのタレンを暗殺すべく強者たちを送り込む。一方でリチア新公国側も種族に関係なく強者たちを集め戦争に備えていた。

 このような国家レベルの謀略が渦巻く中で集った強者、修羅たちが激突する。例えば”柳の剣のソウジロウ”。彼方の世界から来た”客人”であり、地球最後の柳生を名乗る彼は、相手の急所を即座に理解する殺戮の本能を持ち、五感では感知できない神速の攻撃すら捌くことのできるセンスを備えている。もしくは”星馳せアルス”。鳥竜(ワイバーン)から生まれた英雄である彼は3本目の腕を持ち、数々の迷宮から持ち帰った魔具を使いこなす。さらには”通り禍のクゼ”。教団の始末屋たる彼自身には特段の攻撃手段はないが、彼にしか認知することのできない天使”静かに歌うナスティーク”がクゼに殺意を向けたもの全ての命を刈り取る。

 そんな修羅たちがどのようなマッチアップで、どのような戦闘を繰り広げるのか、一瞬も油断ができない展開が続く。

 

 そして何より素晴らしいのは、これほど多くのキャラクターを登場させるながら、読者を不快にさせるような愚かなキャラクターがいないということではないか。作中で小物と罵られるようなキャラクターもいるが、ただただ自らの地位に固執して周囲の足を引っ張るのではなく、その人物なりの信念や行動規範に従っていることが描写される。そこがはっきりしているからこそ、たとえ共感できなくてもこの作中世界に生きる人物として読者は愛することができるのではないだろうか。

 

 ちなみに私のお気に入りは、黄都を統べる二十九宮の一人”赤い紙箋のエレア”と彼女が擁立する修羅”世界詞のキア”だ。森羅万象への絶対命令権を持つキアは、畢竟ただ「死ね」と命令するだけで相手を殺すことができる。しかしキアが生まれ育ったのは本物の魔王の脅威すらとどかなかった辺境のエルフの集落。敵の脅威も闘争もない穏やかな世界においてキアの能力は「便利」という以上の価値を持たなかった。

 そんな彼女に教師という立場で近づくエレアは、自分のために彼女を利用しようとする。自信家であるがそれ以上に純真であるキアは、そんなエレアを疑うこともせず教師として彼女を慕う。一見穏やかな教師と生徒の関係が果たしてどう転んでいくのか、今後が楽しみだ。

 

 また今回の刊行に合わせて、著者が運営するTwitterの告知用アカウントも存在する。なんとこのアカウントをフォローすることで謎の生物アヤキの可愛らしい鳴き声がたまにTLに流れてくるのだ!もちろんこんな生物は本編には登場しないぞ!

 

 

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