汗牛未充棟

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『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』小川一水――偏見や因習をはねのけて、ツインスターが宇宙を駆ける

 ハヤカワ文庫発の百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』にてトリを飾った、小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」。辺境宇宙で女同士のでこぼこコンビが、因習や偏見と戦いながら魚っぽいものを捕まえるという、漁業百合SFが長編版となって登場です。

 短編版からエピソードが追加されたほか、テラやダイオードたち周回者(サークス)の歴史という縦の広がりと、汎銀河往来圏という横の広がりが追加され、さらに奥行きのある物語になりました。

 

 

○あらすじ

 遥か遠い未来、汎銀河往来圏を離れて巨大ガス惑星ファット・ビーチ・ボール(FBB)の軌道上に移住した周回者(サークス)たちは、昏魚(ベッシュ)と呼ばれる生き物を捕まえて生計を立てていた。昏魚とは魚とは似て非なる生き物で、FBBのガスの中を泳ぎ回り、その体は有益な鉱物資源で構成されていた。その昏魚を獲るための漁船が、礎柱船(ピラーボート)である。全質量可換粘土でできた礎柱船は、ツイスタの操縦で動き、デコンパの操作で船体の形を自由に変え、昏魚を捕らえる際は船体から網を作り上げる。

 礎柱船のオーナーであり、デコンパでもあるテラ・インターコンチネンタル・エンデヴァ(通称テラ)は、夫となるツイスタを見つけるために何度もお見合いをしては、肝心の漁が上手くいかず失敗していた。そんなテラの前にダイオードと名乗る少女が現れ、テラの船のツイスタとして名乗りを上げる。規格外の成果をあげるテラとダイオードであったが、周回者の社会では男のツイスタと女のデコンパが夫婦で漁をするものという定めがあり、様々な障害が彼女たちの前に立ちはだかるのであった。

 

○「私が、あなたの船を飛ばしていいですか?」

 男性のツイスタと女性のデコンパが二人で行う昏魚漁はまさに「夫婦の営み」と言えるのではないでしょうか。昏魚は周回者にとって重要な資源かつ輸出品であるため、漁師夫婦が昏魚を獲ることはその家族や氏族、ひいては周回者全体の食いぶちを得て、命をつなぐための大切な仕事です。そしてまた、”夫婦の営み”そのものの暗喩のようにも描写されています。

 ダイオードがテラに対して「私が、あなたの船を飛ばしていいですか?」と聞いた場面では次のように書かれてています。

 続く三秒間で各種妄想が頭の中に大噴火して、テラは耳たぶまで真っ赤になった。細い指と小さく柔らかそうな唇が目に留まる。突然現れた少女が口にしたのは、非常に強い意味を持つ慣用句だったからだ。
 「私の船? を飛ばすってそれは、夜ですか? あなたが? 女の子ですよね!?」(p.67-68)

 下線部は長編版で追加された部分です。この内容をわざわざ追加するということは、つまりそういうことなのでしょう。

 これを踏まえてみると、テラはお見合い相手の男性と何度も試してみたけどうまくいかず、ダイオードとやってみたら一回目から大成功で二人の相性はバッチリというーー

 やめよっか、この話。

 

○地獄の縁の罵倒大会

 さて、個人的に終盤にある「地獄の縁の罵倒大会」が大好きなので、その話をしたいと思います。よって以下ネタバレとなります。

 

 

 

 お互いのことを大切に思うからこそ、どこか一線を引いて相手に踏み込みすぎないようにしてきた二人ですが、死の縁に立ってその余裕がなくなり、結果地獄の罵倒大会が始まります。
 罵倒大会というか、互いに「お前の本心(下心)はわかってるんだぞ」という殴りあいになるわけですが、よりギルティ度の高かったダイオードがこてんぱんにされる結果となりました。可愛いですね。

 この罵倒大会、短編版と長編版と比べて読んでみるのもお勧めです。短編版ではテラに「これは相当手ごわいぞーって思ってました。それでいつか本音引っぱり出そうと思ってましたけど」という台詞があり*1、テラからダイオードへのアプローチの可能性も示されていました。

 長編版の罵倒大会ではこの台詞がなくなっています。全体を通してみても、男性優位で男女の役割が決めつけられているムラ社会の因習に捕らわれたテラを、外からきたダイオードが違う世界へ導くといったように、二人の立ち位置がよりハッキリしていたように思います。

 

〇おわりに

 短編版も長編版もラストは同じ一文で締めくくられています。
 生意気で自信家に見えてどこか脆いところを抱えたダイオードと、そんなダイオードを優しく受け止めるテラ。そんな二つの輝ける星が、様々な障害をはねのけて、宇宙の果てまでどこまでも力強く飛んでいく。そんな未来を感じさせる素晴らしい一文でした。

*1:SFマガジン編集部「アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー」2019,p.401