汗牛未充棟

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『こわれたせかいの むこうがわ ~少女たちのディストピア生存術~』陸道烈夏――”ラジオ”を武器に歪な世界を這い上がれ!

 第26回電撃小説大賞では、アニラジをテーマにした『声優ラジオのウラオモテ』が大賞を受賞しましたが、同じく銀賞を受賞した『こわれたせかいの むこうがわ ~少女たちのディストピア生存術~』においても、重要なキーアイテムとしてラジオが登場します。

 唯一絶対の王が支配する管理社会で、便利屋の少女フウと、フウのことを「お兄ちゃん」と呼んで慕う謎のゆるふわ少女カザクラが、ラジオから得た知識を武器に繰り広げる脱出劇。おすすめの百合SFです。

 

 

○あらすじ

 世界規模の戦争ののち、人の住まう地として唯一生き残った都市国家「チオウ」。砂漠の真ん中に佇むチオウの周辺にはいくつかの「管轄区」が点在していた。
 ただ一人の肉親である母親を亡くした「第五管轄区」の少女・フウは、水を買うために管轄区とチオウを往復するだけの毎日をなんとか生き延びていたが、ラジオを手にいれたことをきっかけに知識を得て、便利屋として都市を這い上がっていく。
 そんな生活のなかで出会った少女・カザクラは、可愛らしい見た目とは裏腹にとてつもない戦闘力を秘めていた。互いに支えあいながらチオウで生きていく二人だが、カザクラを狙って都市の警察や、秘密警察までもが動き出す。果たしてカザクラの正体は。そして彼女たちに安息の地はあるのか。

 

○フウとカザクラの生存術

 管轄区に住むフウは毎日補助金をもらって生活をしていますが、補助金の額はとても僅かで、生きるために必要な水と食料を買えばほとんど手元には残りません。しかも水を買うためには、狂暴な生物や野盗の出没する砂漠を片道5時間かけて、チオウまで歩いていかなければなりません。そのためフウは毎日水を運ぶことだけに、資金と時間、すべてのリソースを奪われてしまいます。毎日がただ生きるというそれだけのために消費されるので、この「貧困」からフウは抜け出すことができません。

 そんなフウの状況を変えたのは、偶然手にいれたラジオから聴こえてくる教育番組の知識でした。番組では個性豊かなパーソナリティーたちが、社会の成り立ちや様々な地理の特徴、時には武器の扱い方まで、多くのことを教えてくれます。ラジオを通して経済活動の基礎を学んだフウは、水の転売をはじめ様々な手段でお金を稼いでいくのでした。

 現実の世界では寄付金の使い道として、発展途上国に学校を建てるというものがあります。それだけ教育というものが重要な役割を果たすということでしょう。貧困と教育の問題として、小川哲『ゲームの王国』*1にこのようなエピソードがありました。ポルポト政権によって知識層が根絶やしにされたあとのカンボジアで、復興に努めるNPO職員が、情に流されて借金の返済に苦しむとある女性にお金を渡します。その女性は利子の返済だけで手一杯だったため、そのNPO職員は元金を返せるだけのお金を渡して借金苦から抜け出せるようにしたのです。しかしその女性はもらったお金でテレビを買い、これで苦しい生活のなかに娯楽ができたと喜ぶのでした。テレビを買うよりも、借金の元金を返してしまった方が得なことは、誰がどう考えても明らかと思うかもしれません。しかし教育を受けてこなかったその女性には、そのような判断ができなかったのでした。もちろんこれはフィクションのエピソードですが、貧困を抜け出すために教育がいかに重要かということが分かりやすく示されています。

 閑話休題。知識を得て、便利やとしてチオウで這い上がってきたフウは、強大な戦闘力を備えたカザクラとタッグを組むことで、危険な仕事にも手を出せるようになり、さらに稼いでいきます。そしてそれらを可能にした知識の源は、すべて「ラジオ」にあるのでした。

 

○ラジオ、世界の"外側"からの呼びかけ

 そもそもチオウにラジオ局はありません。それではなぜ、フウの持つラジオは受信しているのでしょうか。フウがラジオを手にいれたジャンク屋の店主によると、戦前に放送された教養番組の音声データを、どこかの趣味人が電波に乗せて流しているのではないかということです。

 このラジオというガジェットがとても魅力的に感じました。チオウでは中流~上流階級の子供は学校に通うことができますが、そこで教わる内容はチオウの支配者たる王に都合の良い内容になっています。しかしラジオを通してフウは外の世界(ジャンク屋の店主によれば戦前の世界)と繋がり、チオウでは得ることのできない知識を得ることで物語が始まりました。このように創作におけるラジオは、閉鎖環境への外部からの接触の手段として登場することがあります。(例『蒼穹のファフナー』)

 私自身日常的にラジオを聴いており、職場とも家庭とも違う世界の存在を身近に感じているため、フウやカザクラが生活をおくるディストピア以外の世界を(例え過去の世界であろうと)感じさせてくれるラジオというキーアイテムがとても魅力的に思うのです。

 そしてラジオの出番は序盤にフウたちに知識を授けて終わりではありません。終盤にかけても重要な役割を果たします。ラジオは基本的にパーソナリティーからリスナーに向けた一方的なコンテンツですが、その制約をこえて、パーソナリティーとリスナーのつながり、リスナー同士のつながりの力を感じさせてくれるラジオ好きにはたまらない展開でした。

 

〇百合SFだよ!

 ディストピアの片隅で出会い、互いが互いの生きる理由となった二人の少女の物語です。百合好きにも届け!