汗牛未充棟

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カンボジアをめぐる二人の”ゲーム”。”ゲームの王国”は成立するのか。――小川哲『ゲームの王国(下)』

 上巻の記事でも少し触れましたが、この『ゲームの王国』の上巻を読んでから初めて下巻のあらすじを読んだとき衝撃を受けました。上巻のラストから、ムイタックとソリヤが和解してポル・ポトを倒す、みたいな展開をぼんやりと予想していたので、「復習の誓いと訣別から、半世紀。」というあらすじの文言で作中の時代が一気に跳んだことを知って驚いたのです。
 
 表紙を開くと、2023年の時点から物語がスタートします。『ゲームの王国』の単行本の発売が2017年で、文庫の発売が2019年なので、下巻の舞台は近未来といえるでしょうか。単純に半世紀の時間が飛んだということだけでなく、あれだけ丁寧にクメール・ルージュによる革命前後のカンボジアを書き上げながら、それをステップに未来を描こうとする大胆さに感動したのだと思います。これこそSFの醍醐味ではないでしょうか。
 
ゲームの王国 下 (ハヤカワ文庫JA)

ゲームの王国 下 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

〈あらすじ〉
 ムイタックとソリヤの訣別から半世紀、ポルポト政権の崩壊前にクメール・ルージュを脱退していたソリヤは、今ではカンボジア議会の野党第一党の党首として、国の頂点にあと一歩のところまで迫っていた。一方ムイタックは大学教授として脳波の研究をしていた。ムイタックは独自に脳波の研究をしていたアルンという青年とともに、特定の感情に伴う脳波でキャラクターを操作して戦う≪チャンドゥク≫というゲームを開発する。
 彼らの他にもソリヤの養子でムイタックの研究室に出入りするリアスメイや、ソリヤの不正を追いかけるテレビディレクターのカンなど、様々な人物が登場し、物語が交錯する。
 
 
・「ゲームの王国」
 「ゲーム」というのが作品を通じた一つのキーワードとなっていますが、下巻にきてついにタイトルにもなっている「ゲームの王国」という言葉が登場します。それはモーリタニアという国のソンクローニ族*1の社会の在り方を示します。ソンクローニ族には三種類の掟があり、それぞれ一つ目は「嘘をついてはいけない」などやってはいけないことを規定するトゥクラン、二つ目は「疫病の家畜を見つける」など守る(行う)と報酬がもらえるヤンハブ、そして「掟を守るために最善を尽くす」というコーギとなっています。これをムイタックは「ゲームのルール」「ゲームの勝利条件」「ゲームに参加することの義務づけ」と解釈し、ソリヤはこの方法をカンボジアに導入しようとしていると語ります。そしてムイタックはそれを阻止しようと行動します。ムイタックとソリヤの間のゲームはまだ続いているのでした。
 
 
・ソリヤとムイタック
 ソリヤの目標は上巻の頃から変わらず、カンボジアという国を良くすることであり、彼女は野党のトップまで上り詰めます。序盤に挿入される日本人NPOのエピソードにより、「貧困」「教育」「衛生」といった問題がそれぞれ連鎖しており、トップから国を変えていくしかないことが示されます。そのためには既得権益である与党を倒す必要があり、そのためにソリヤは仇であるラディ―とも手を組み、表でも裏でも止まらずに活動し続けます。
 一方、ソリヤの作ろうとする国を否定するムイタックはゲームの開発を通じてソリヤを妨害しようとします。そのゲームでは、プレイヤーは「思い出す」という行為によって特定の脳波を出し、キャラクターに必殺技を出させますが、ムイタックは逆にゲームの環境をコントロールし、プレイヤーを誘導することで、プレイヤーの記憶を上書きしようとします。
 
 彼らの他にも様々なキャラクターが登場し、物語は発散していきますが、ソリヤとムイタックの根底には革命前夜に戦ったカードゲームの記憶があり、最終的にはこの二人の直接対決に収束していく展開は美しかったと思います。

*1:ソンクローニ族というのは実在しないようですが、文化人類学には似たような事例もあるのかもしれません。