汗牛未充棟

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茅田砂胡『天使たちの課外活動』7,8—―【コラム】終わらないエピローグという読者の理想、あるいは茅田砂胡ワールド超入門

 どんな物語であれ、終わりはつきものです。小説に限らず、漫画やゲームが描く物語の虜となり、エンディングを迎えたあとも、愛したキャラクターたちの物語をもっと見たいと願った経験は、誰しもあるのではないでしょうか。
 そうはいっても終わってしまった以上はどうしようもないのですが、まれにそんな読者の願いが実現することもあり、茅田砂胡の一連のシリーズもそんな物語の一つなのです。

 

  そんな茅田砂胡の最新作は「天使たちの課外活動」シリーズから。「ガーディ少年と暁の天使」という副題で、上下巻が二ヶ月連続刊行されました。

 

  

 物語の中心となるのは、もはやこのシリーズの実質的な主人公ともいえる天才料理人テオドール・ダナーです。自分の店を改装する間、オープン前のホテルのレストランで臨時の料理長となったテオ。そして彼の希望でレストランに展示されることになった(シリーズ読者にはお馴染みの)人類の至宝級名画「暁の天使」をめぐる、様々な人物たちの狂騒が描かれます。ショートストーリーを積み上げる構成になっているのは、初出が読売新聞オンラインでの連載だからでしょうか。
 
 さて、シリーズ読者には言うまでもないことではありますが、この「天使たちの課外活動」シリーズもデルフィニア戦記から続く一連の物語の中にあります。
 『デルフィニア戦記』は1993年から中央公論新社C★NOVELSファンタジアというレーベルから刊行されたシリーズ作品で、アベルドン大陸という架空の世界を舞台にしたファンタジー小説です。陰謀により玉座を追われたデルフィニア王国の若き王ウォルは、放浪の中でリィという美しい少女に出会います。リィは「異世界から迷い込んだ」「異世界では男の体だった」と不思議なことを言う少女でしたが、超人的な体力と剣の腕前を持っていました。二人は仲間を集めながら、玉座の奪還を目指します。
 玉座を奪還してからも隣国との争いなど物語は続き、外伝を除く全18巻で、一抹の寂しさを残しながらも素晴らしい大団円を迎えました。私はリアルタイム世代ではないのですが、完結した当時、まだまだこの魅力的なキャラクターたちと別れたくないと願った読者は多いのではないのでしょうか。その願いは叶うことになります。
 
 『デルフィニア戦記』に続く新たなシリーズスカーレット・ウィザードは広い宇宙を舞台にしたスペースオペラでした。全宇宙に知れ渡る超巨大企業の若き女性社長でありながら、なぜか一流の戦闘機乗りでもあるジャスミンと、孤高の宇宙海賊であるケリーの一風変わったロマンスと、宇宙をまたにかけた陰謀、アクションが描かれます。
 前作とは百八十度異なる世界観ですが、実はこの世界こそリィのもといた世界なのでした。続く『暁の天使たち』シリーズでリィほか数名の『デルフィニア戦記』のキャラクターがこのスペースオペラに合流し、その後は一話完結のクラッシュ・ブレイズシリーズなどを経て、現行のシリーズへと繋がっていきます。
 
 さて、ここでこの記事のタイトルに戻りましょう。「終わらないエピローグ」と書きましたが、実際はエピローグではなく、普通にシリーズの続編が刊行され続けているように見えます。もちろん実際にその通りなのですが、私にとって『デルフィニア戦記』は、思春期に直撃したということもあり、あまりにも完璧な物語でした。そのせいか、『暁の天使たち』以降のリィの物語は、どこかボーナストラックといった印象があります。
 
 特に『クラッシュ・ブレイズ』シリーズ以降、一話完結形式になると、様々なトラブルをリィたちが超人的な能力で解決したり、分かりやすい悪役を爽快にぶちのめすといった、ある程度一定のパターンの中でストーリーが展開するようになります。もちろんそれが面白くて、私も夢中になって読んだのですが、あくまでもこれまでの積み重ねが前提になっていて、いきなり人におすすめできるかというと難しいように感じます。『デルフィニア戦記』やあるいは『スカーレット・ウィザード』のように、誰もが手に取れるような普遍性には欠けていると言わざるを得ないでしょう。
 
 普遍性に欠ければやはり新規の読者の獲得は難しいかと思います。しかしそれでも、『デルフィニア戦記』を読み終えたときに感じた「まだまだリィたちと別れたくない」という私(読者)の願いを、何十年と叶え続けてくれている作者には感謝するべきではないかと感じました。