汗牛未充棟

読んだ本の感想などを中心に投稿します。Amazonリンクはアフィリエイトの設定がされています。ご承知おきください。

西尾維新『死物語』(上)(下)――暦の大学生時代を描く第5期モンスターシーズンもこれにて閉幕!

 かつて吸血鬼に出会い吸血鬼もどきになってしまった主人公・阿良々木暦と、同じく様々な怪異に出会ってしまったヒロインたちの関係を描く西尾維新の代表作〈物語〉シリーズ。通算27・28作目となる最新刊、『死物語(上)』『死物語(下)』は、阿良々木暦の大学生時代を描いた「モンスターシーズン」の締めくくりでもある。物語の節目ごとに何度も「最終話」を迎えてきた〈物語〉シリーズであるが、今回はどのように幕を閉じるのだろうか。

 上巻のサブタイトルは「しのぶスーサイド」。阿良々木暦のほか、暦の吸血鬼化の原因である元・怪異の王にして現・吸血鬼の成れの果て忍野忍と、モンスターシーズンから本格的に登場した真祖の吸血鬼デストピアヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスターが物語の軸となる。ちなみに忍を吸血鬼にしたのがこのデストピアだ。

 上巻のあらすじで印象的なのは、やはりコロナ禍を作中に取り込んだことだろう。暦の通う大学でもリモート授業に移行しているという状況下で、忍がデストピアに会うためにヨーロッパへ行きたいと言い出すことで物語は動き出す。

 もちろん社会状況を踏まえれば簡単にできないことだが、ある程度吸血鬼の不死性を備えた暦たちにとって、この段階での懸念点は、ウイルスを媒介してしまうかもしれないという、ある種他人事な問題であった。しかしヨーロッパで起きている異変が「不死身の怪異のみに感染するパンデミック(p.81)」であると知ったことで、他人事だった問題点が自分のこととして跳ね返ってくる構図が面白い。そんな緊迫した状況の中赴いた忍の故郷で、六百年前から続く因縁が明らかになるのだった。

 ちなみにコロナ禍を取り入れたことで、作中の西暦が確定してしまう気がするが、そこはあまり気にする必要はないだろう。エピローグで今回未登場のキャラクターについていろいろと衝撃的な言及があるが、そこも含めて「そういう世界線もあるかもしれない」ぐらいに捉えておくのが良いのではないだろうか。

 

 上巻からうってかわって、下巻「なでこアラウンド」では語り手が千石撫子にバトンタッチする。千石撫子はシリーズ初期から登場する人気ヒロインだが、一番物語に振り回されたキャラクターでもあるかもしれない。

 そんな撫子は紆余曲折あった末に、今では怪異の専門家の元締めである臥煙伊豆湖の支援のもと、漫画家という夢を目指しながら、たまに専門家見習いとしての仕事も振られている。モンスターシーズン2作目の『宵物語』以降、そんな撫子の様子が短編として併録されていたのだが、今回はその拡大版といったところだろうか。

 その短編でも何度か言及されていた蛇遣い・洗人迂路子の退治が、臥煙伊豆湖から与えられた今回のミッションである。迂路子が潜伏するという西表島へと向かうチームのメンバーは斧乃木余接と貝木泥船の二人。シリーズ読者には既にお馴染みのキャラクターではあるが、二人ともファーストシーズンの『偽物語』にて、敵役として登場したキャラクターである。撫子自身がセカンドシーズンではラスボスを務めた事実と合わせて、〈物語〉シリーズヴィラン連合とでもいえるだろうか。作中で懲罰部隊といったニュアンスが示されていることを踏まえれば、むしろスーサイド・スクワッドかもしれない。

 そんな撫子に待ち受けていたものは、これまでの短編で撫子が受けた試練のレベルMax、最高難易度といった調子の試練であった。しかし、とにかく甘やかされて育ったという彼女のキャラクターとしての起源を考えると、確かにふさわしい試練といえるのかもしれない。

 さて、これにて阿良々木暦の大学生時代を描いたモンスターシーズンも閉幕ということになるが、あまり行動に制約のかからない大学生時代に、実質3年分の空白を残して終わるというのは、少々持ったいないという気もする。しかし、何度も復活してきたこのシリーズ。西尾維新が何か思いつけば、また語られることもあるだろう。