汗牛未充棟

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西尾維新『怪盗フラヌールの巡回』――"誰にでも開けられる"金庫と密室殺人事件、深海の研究所を舞台に返却怪盗が暗躍する!

 『クビキリサイクル 青色サヴァン戯言遣い』でのデビューから20周年の節目を迎えた西尾維新。その記念作品として、新シリーズの第一弾『怪盗フラヌールの巡回』が刊行された。

 「怪盗」とはいうものの、お宝を盗むのではなく、返却することがフラヌールの活動方針。とある理由から、亡き父である初代フラヌールが盗み出したお宝を、次々と返してまわっているのだ。そんなフラヌールだったが、侵入した先でとある不可解な密室殺人事件に巻き込まれてしまうのだった。

 絶海、というより深海の孤島で暮らす研究者たち、そこで起きる密室殺人など、うっすらと『クビキリサイクル』を思わさる設定だが、その頃から読み続けている読者も、久し振りに西尾作品を読むという読者も満足できる一冊となっているのではないだろうか。

 

 

 改めて作品の概要を紹介すると、舞台は瀬戸内海の海底に作られた国立の研究機関「国立乙姫島海底大学」。まるで竜宮城のごときその施設から、初代フラヌールは「玉手箱」を盗み出したのだという。

 作中では既に故人となっている初代だが、そのあり方は典型的なエンタメ作品における怪盗そのものであったことが伺える。すなわち知力に優れていて、警察を翻弄しながら盗みを行うが、無闇に人を傷つけず、さらには色恋に積極的というキャラクター像だ。

 しかし盗品を返却する”アンチ”怪盗ものな本作。ときにはヒーローのように描かれるそうした怪盗像に、所詮は犯罪者に過ぎないとNOを突きつけるのが、主人公である二代目フラヌールだ。それ故に、泥臭く努力を重ねる二代目フラヌールの、スマートさとはほど遠い姿が印象的だ。

 そうした努力で情報収集を重ねた末、「玉手箱」を返却するために潜入した二代目フラヌールだったが、その過程で二人の強敵を呼び寄せてしまう。

 一人はかつて初代フラヌールを逮捕したこともあるという東尋坊警部。その実績から「警察庁怪盗対策部」を任されているが、初代フラヌールの活動停止に伴い、実質的に閑職となってしまっている。怪盗の手口を知り尽くしている東尋坊警部は、まさに怪盗ものの正統派ライバルキャラといった印象だ。

 問題なのはもう一人の強敵、名探偵・涙沢虎春花(うるさわ とらはるか)である。エレベーターを一人で埋め尽くすほどの豪奢なドレスに、トーテムポールの如く髪を結い上げた髪。マリー・アントワネットもかくやという風貌だが、捕まえた犯人をギロチンで処刑しようと言い出すような、思想まで前近代な要注意人物だ。実際警察庁をはじめ、様々な公的機関を出入り禁止にされているそうだが、探偵としての実力は折り紙付きというのだから逆に手に負えない。

 そんなライバルたちに囲まれながら、フラヌールは「玉手箱」が過去に収められていた金庫挑む。登場人物に曰く、”誰にでも開けられる”密室であるというその金庫、フラヌールはどう攻略するのであろうか。

 そして物語はこれでは終わらない。フラヌールの返却に並行して、施設内で不可解な密室殺人事件が発生してしまうのだ。しかも犯人はフラヌールに罪をなすりつけるような状況を作り上げていた。フラヌールは自分の正体を隠したまま、真犯人に挑む。

 このように盗品の返却に並んで、密室殺人の解決が物語の要点となるが、西尾作品が本格ミステリというよりも、キャラクター小説としての要素に重点が置かれていることは、読者であれば周知の事実だろう。だからこそ、本作でもホワイダニットの部分に注目していただきたい。なぜ事件は起きてしまったのか。または、その犯行によって犯人は何を為そうとしたのか。

 西尾作品の登場人物は誰も彼もがどこか歪つで、ぶっ飛んだ性格をしているが、それ故に善人にも悪人にもどこか魅せられる。20年経っても変わらない西尾キャラクターの魅力を楽しむことができる一冊になっている。

 また、巻末にはシリーズ次回作の予告が掲載されている。あいも変わらず見切り発車だと思われるが、返却怪盗フラヌールとの再会に期待したい。