汗牛未充棟

読んだ本の感想などを中心に投稿します。Amazonリンクはアフィリエイトの設定がされています。ご承知おきください。

西尾維新『人類最強のヴェネチア』――新旧キャラが入り乱れ、〈最強〉シリーズseason2の開幕!

 人類最強の請負人哀川潤が今回請け負った仕事は、天才心理学者・軸本みよりの調査活動への同行。哀川潤依頼人である軸本みより、そしてパトロン兼お世話係として鴉の濡れ羽島から招聘したメイド長・班田玲とともに、ヴェネチアの地に降り立ちます。しかし降り悪く(良く?)、そのときヴェネチアでは溺殺に異常なこだわりをみせる連続殺人鬼、通称「水の水(アクアクア)」が巷を賑わせていたのでした。

 

人類最強のヴェネチア

人類最強のヴェネチア

 

 

 西尾維新のデビュー作『クビキリサイクル』にて初登場し、作中最強のキャラクターとして君臨した請負人・哀川潤。その哀川潤を主人公として講談社ノベルスから刊行されていた〈最強〉シリーズは、シリーズ4作目の『人類最強のsweetheart』で「完結」と銘打たれていましたが、その巻末には悪びれもせず次回作の告知ページが。そして今回紹介する『人類最強のヴェネチア』の刊行と相成りました。

 じゃあ「完結」とか言うなよ、とも思いますが、ここで一度リニューアルして新シーズン開幕ということなのでしょう。人類最強・哀川潤の新たな物語はどこへ向かうのでしょうか。

 

 前シーズンとの一目でわかる違いとして、まず判型の違いがあります。『sweetheart』までは戯言シリーズからの流れをくむノベルスでの刊行でしたが、今回は単行本での刊行となりました。さらに前作までは連作短編の形式でしたが、『ヴェネチア』は一本の長編となっています。

 形式的には一新という感じですが、内容にも一つ大きな変更点が。哀川潤は文字通り「人類最強」であるため、これまでのシリーズでは主として人外と対峙してきましたが、今作ではまた人間の敵役と対決します。

 『ヴェネチア』のエピローグを読む限り、哀川潤戯言シリーズに登場した旧キャラと、〈最強〉シリーズから登場の新キャラを引き連れて、世界各地に赴き、そこで大戦争時代の知人に出会うというのが、今後のテンプレートになりそうです。

 

 今回のヴィラン、アクアクアにはあとで触れるとして、今作でまず注目すべきは、やはり班田玲ではないでしょうか。戯言シリーズ1作目『クビキリサイクル』にて、赤神財閥の令嬢にして鴉の濡れ羽島の主人・赤神イリア付きのメイド長として登場しました。

 主人に忠実で寡黙なメイドという印象でしたが、『クビキリサイクル』を読んだ方はご存知の通り、”この人”は”あの人”ということになります(一応ネタバレに配慮)。様々な騒動の中心人物として、主に零崎シリーズなどで名前だけはよく登場していた”あの人”ですが、メインキャラクターとして作中で活躍するのは『クビキリサイクル』以降初めてなのではないでしょうか。

 『クビキリサイクル』では抑えられていたその個性は、有能メイドとワガママお嬢様のハイブリッドという感じでとても魅力的でした。

 

 そしてもう一人、注目すべきはやはりアクアクアでしょう。なにせ哀川潤が「人類最強」という、作劇においては欠点としか言い様がない属性を備えているために、敵役をどうするのかという難しさは容易に想像ができます。それゆえに前シリーズでは、人外との戦いというのがテーマになっていたと思うのですが、敵が人類に戻った今こそ、より一層魅力的なヴィランが求められるでしょう。

 その点アクアクアはどうだったでしょうか。単純な戦闘能力では人類最終・想影真心以外に対抗馬が出てくるとは思えないので、その能力が絡め手となるのは必然かと思います。ただ、その能力の由来が、哀川潤の過去と結び付いたことによって、アクアクアはヴィランとしての十分な”格”を得たと私は思います。

 個人的にこの〈最強〉シリーズseason2が面白くなるかどうかは、どれだけ魅力的なヴィランを出せるかにかかっていると思うので、アメコミばりに個性的で魅力のあるヴィランの登場に期待したい所存です。

 今回のアクアクアに再登場があるかどうかは、ちょっと微妙……、というかかなり厳しいかもしれませんが、一度敗れたヴィラン同士が手を組んで人類最強に挑むという展開にも期待したいところです。