汗牛未充棟

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2021年ブレイク必至!”古典”を題材に”痛み”を書くSF作家・空木春宵 商業作品まとめ

 2020年も残り2週間ほどとなり、年間ベストが次々と発表される時期になりました。年明けには「SFが読みたい!」の2021年版も刊行され、今年のベストSF作品が発表されるでしょう。

 しかし今回は一足も二足も早く、来年(2021年)の年間ベストに選ばれるに違いない作家、空木春宵の紹介をしたいと思います。

 

 

 空木春宵は「地獄を縫い取る」が大森望選出の『ベストSF2020』(竹書房)に収録されるなど、一定の評価を得てはいます。一方で、雑誌やアンソロジーに短編が掲載されているのみで、単著が出版されていないため知名度に乏しく、実力に見合った世間的な評価を得られていないようにも思います。

 しかし、そろそろ発表された短編の本数もたまってきたので、来年くらいには書き下ろしも加えて短編集が発売されるでしょう。そして発売されればたちまちヒットするでしょう。そうに違いない。とうことでその未来を引き寄せるためにも、フライング気味に空木春宵の紹介をしていきたいと思います。

(※ 2020.12.29 追記)2020年12月28日更新分のWebミステリーズ!にて、空木春宵の新作中編「徒花物語」が公開され、同時に21年前半に初の作品集が刊行されることが告知されました。おめでとうございます!

 ちなみに、純粋に作品リストを見たい方は、本人によるnoteの記事がありますので、そちらをご覧ください。

note.com

 

 空木春宵は、2011年の第2回創元SF短編賞にて、「繭の見る夢」で佳作を受賞してデビューしました。*1その後は主に同人誌上で作品を発表していましたが、2019年の「ミステリーズ!Vol.96」に「感応グラン=ギニョル」が掲載されて以降、東京創元社のアンソロジーで次々と短編を発表しています。

 

 空木作品の特徴としてはまず、日本の古典を題材にとってSFを書くことが挙げられます。四谷怪談から安珍清姫伝説まで、様々な日本の古典をテーマやモチーフとして作品に取り込みながら、SF的な未知の世界を描きます。

 そして社会的、性的に搾取される側にいる弱者や、性的マイノリティの側に立つ物語であることも特徴の一つです。しかしそれは、差別や偏見に打ち勝つ救済の物語ではありません。彼女たちの苦しみや悲鳴、そして復讐を克明に描く物語は、読者に彼女たちの存在を刻み込みます。

 

 以下に各短編の概要と見所を挙げていきます。

 

繭の見る夢(創元SF文庫『原色の想像力2』2012)

 現在入手困難。第2回創元SF短編賞の最終候補作を収録した『原色の想像力2』はAmazonで検索してみるとやたら高騰してしまっています。電子版もないのですが、創元社はアンソロジーの収録作品を短編ごとに電子書籍化して分売していたりと、電子化に積極的かと思いますので、読みたい方は電子化のリクエストを創元社に送ってみるのもよいのではないでしょうか。

 「虫愛づる姫君」をテーマにしたSFということです。

 

感応グラン=ギニョル(東京創元社ミステリーズ!Vol.96」2019)
ミステリーズ! Vol.96

ミステリーズ! Vol.96

 

  ミステリーズ!の怪奇・幻想小説特集に掲載された読み切り作品。怪奇小説の色が強いですが、テレパス能力を持った少女が話の軸となっており、その点でSF要素もあります。雑誌掲載作ですが、先ほどの『原色の想像力2』と比べると、ギリギリで入手可能といえなくもないでしょうか。

 舞台は大正時代、震災後の浅草。「浅草グラン=ギニョル」という芝居小屋では、その名の通りグラン=ギニョル(残酷劇、恐怖演劇)が上演されていました。舞台に上がるのは少女ばかりですが、彼女たちはそれぞれ腕や脚がなかったり、目が見えなかったりと、様々な瑕、障害を抱えています。そんな一座にあるとき無花果という新入りが加わります。一見欠けたところのないように見える彼女でしたが、実は心を失っており、その代わりに他者の考えを読み取ったり、それをまた別の人に伝えたりできる感応能力(テレパス)を備えていたのでした。

 浅草グラン=ギニョルに集められた少女たちの多くは他者によってひどく傷つけられた過去を持ちますが、その経験を経てなお、昏い好奇心を持つ観客に消費される立場にあります。そして観客たちは、「舞台に立っているのは自分でなくて良かった」と、彼女たちの不幸を踏み台にして自らの幸福、優越を確認します。そんな搾取され続ける彼女たちの中に、感情をダイレクトに他者に伝えられる無花果が加わっていくことで、彼女たち自身が、そして彼女たちの舞台がどう変わっていくのでしょうか。

 

終景累ヶ辻(創元SF文庫『時を歩く 書き下ろし時間SFアンソロジー』2019)

  『時を歩く』は歴代の創元SF短編賞受賞者の書き下ろし作品を集めたアンソロジー。宇宙SFがテーマの『宙を数える』と同時発売されました。

 時間SFとしてのテーマはループで、四谷怪談などの有名な古典の怪談のヒロインたちが、語り部かつ主人公となっています。男たちに騙され、裏切られて非業の死を遂げた彼女たちは、死後「幽霊の辻」を通って過去に戻り、何度も死の瞬間を繰り返します。主人公が記憶を引き継ぐタイプのループものではないので、死の運命は変わらないのですが、死に至るまでの過程は徐々に変わっていきます。「憐れ」で「かわいそう」な彼女たちの死に様がどう変わっていくのかに注目です。

 

地獄を縫い取る(東京創元社GENESIS 創元日本SFアンソロジーⅡ 白昼夢通信』2019)

  東京創元社の新しいSFアンソロジーシリーズに書き下ろされた傑作。翌年には、大森望が編者となった竹書房文庫『ベストSF2020』にも収録されました。モチーフとなった古典は、室町時代の伝説的な遊女で、一休宗純とも交流があったと言われる地獄太夫です。

 「感応グラン=ギニョル」ではテレパシーを使える少女が話の軸となりましが、本作では科学技術によってテレパシーが現実のものとなった近未来が舞台です。官能伝達デバイス蜘蛛の糸」と感情を共有する技術「エンパス」によって、人々は体験の共有や配信が可能となりました。しかし技術の発展は必ずネガティブな面も伴います。この五感・感情の共有技術は性産業、ひいては性犯罪においても活用され、ネットを介した遠隔での児童売春が問題化しました。主人公のジェーンはパートナーのクロエとともに、児童売春に手を出す小児性愛者を「釣る」ための囮AIを作っています。

 物語はラボにおけるジェーンとクロエ、「ジェーン」と「私」のベッドシーン、そして夜な夜な地獄太夫のもとを訪れる謎の「御坊」という三つのシーンが交互に書かれます。一見他の場面との文脈が分からない地獄太夫の場面ですが、これが何を意味していたのか分かったときの衝撃は、ぜひ体験していただきたいです。

 前述の「感応グラン=ギニョル」は大正時代を舞台にした怪奇小説、この「地獄を縫い取る」は近未来が舞台のSF小説で、時代もジャンルも全然違いますが、共通のテーマを持っており、併せて読みたい作品です。

 

メタモルフォシスの龍(東京創元社GENESIS 創元日本SFアンソロジーⅢ されど星は流れる』2020)

  安珍清姫伝説をベースに、感染症による分断やTFをテーマに取り入れたSFです。

 突如として世界中の人間が感染した<病>は、罹患者が恋に破れることで発症し、女の場合は体が蛇に、男の場合は体が蛙になってしまうというものでした。しかも、女の場合は体が完全に蛇になるまでの間、相手の男を捕食したいという強い欲求を抱きます。そのため男たちは蛇になった女たちから逃げるための<島>をつくってそこに避難し、<島>の手前には男たちを追ってきた半蛇たちが集まる<街>が形成されました。物語はまだほとんど蛇に変化していないテルミと、蛇体化がかなり進行したルイとの<街>での共同生活を描きます。

 空木作品の登場人物たちは、常に深く傷つき、血を流していますが、今作でテルミがその身に受ける傷は殊更に痛々しく、その苦しみが痛烈に響きました。彼女たちが傷つく度にその存在は読者の心に刻み付けられ、忘れ得ぬものになっていきます。

 

 最後に空木春宵と同じくSF創元短編賞出身のSF作家門田充宏による空木作品の評を引用して閉じます。

 

 

 

 ぜひ気になった短編を手にとっていただき、「痛み」を心に刻んでください。

 

*1:同じ回の受賞作は酉島伝法の「皆勤の徒」。佳作は次席の扱い。