牧野修『MOUSE マウス』――大人は立ち入り禁止、子供のためのネバーランド。ドラッグジャンキーなマウスたちの生存と闘争。
ラバーやビニールの衣服に身を包み、常時ドラッグ漬けの子供たち。主観と客観の入り混じった子供だけの世界で、彼ら彼女らはどのように生きているのか。
2022年4月16,17日に代官山蔦屋書店で開催されたSFカーニバル。そのイベントの企画の一つとして「日本SF作家クラブが選ぶ偏愛SF200とちょっと」というリストが公開された。これはクラブの会員が新刊・既刊・絶版問わず、また冊数も無制限で、読んで欲しいSFをリストアップしたというもの。
SFカーニバルは終了しているが、この選書リストは6月30日までイベントのサイトから閲覧することができる。
このリストの中で、私の推し作家・空木春宵が挙げていたのが、今回紹介する牧野修『MOUSE マウス』だった。本書は94年から95年にかけてSFマガジンで発表された4つの短編に書き下ろし1作を加えて、96年に刊行されている。
ネバーランドと呼ばれるその土地は、かつてはゴミの埋め立て地の上につくられたニュータウンだった。しかし地盤の緩さからやがて住民は撤退、廃墟となったその地には行き場のない子供たちが集まった。
子供たちは身に着けたカクテル・ボードによって四六時中様々なドラッグを摂取し、そのドラッグ代を稼ぐために男女問わず躰を売って暮らしている。タイトルにもなっている「マウス」とは、そうやっていくつものドラッグを自分の躰で試す子供たちのことを意味している。この連作短編では、そんなマウスたちの生活が、様々な視点から描かれている。
実質的に無法地帯となっているネバーランドでは小競り合いも頻繁に起こるが、常時ドラッグ漬けな子供たちの戦い方が面白い。彼らは言葉によって相手を「落とす」のだ。ドラッグが効いているときに無意味な言葉で相手の不意をつくと、バッドトリップしてしまうらしい。
一つ目の短編の主人公であるツクヨミは、例えば「走るマラルメ」といったような何の意味もない言葉をささやくことで相手を昏倒させ、ドラッグを巻き上げていた。
ちなみにツクヨミというのは彼のネバーランドにおいての名前であり、外部の大人に名乗るときはさらに別の名前を使う。これは相手に名前を知られていると、一方的に落とされてしまうからだ。このような戦い方がまるで呪術のようで面白い。
またドラッグによって反射神経や集中力を引き上げるというのも、ネバーランドの子供たちにとっては基本であるが、さらに感覚を拡張し、共感覚を引き起こすものもいる。
ツクヨミの場合は相手がまとう色を視ることによって、相手の感情や体調などがわかるらしい。このようなドラッグの影響で生じる超感覚も人によって様々で、このあたりは能力バトルもののような面白さがある。
また本作では、ネバーランドの内部の物語ばかりが描かれるわけではない。私個人のお気に入りでもある4作目「モダーン・ラヴァーズ」は、両親のもとで暮らす少女が、とある事情からネバーランドへと旅立つ。
その道中で、薬を手に入れるためネバーランドの外に出てきたピクルスという少年と出会うのだが、どうやら彼は警察らしき大人に追われているらしい。追手をかわしながら、二人はネバーランドを目指す。
ネバーランドでの生活は到底まともなものではなく、わざわざ親元を離れてネバーランドで暮らすだなんて正気でないと多くの人間が考えるだろう。しかし、この4作目では、ネバーランドで暮らす彼女ら彼らが、たとえほかに選択肢がなかったのだとしても、自ら選んでそうしているのだと示す。その選択を外野が否定したり、かわいそうだと勝手に憐れむのは正しいことなのだろうかと考えさせられる。
この4作目を読んで、本書を推薦した空木春宵の著作「感応グラン=ギニョル」の一節を思い出した。
「わたしたちを、憐れむな」