汗牛未充棟

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空木春宵『感応グラン=ギニョル』――”傷”を、"痛み"を読者に共有させる、いま必読の怪奇幻想+SF短編集

 

 

 怪奇・幻想小説やSFジャンルで活躍する新鋭、空木春宵の初の短編集『感応グラン=ギニョル』が、遂に創元SF叢書より刊行された。空木は2011年の第2回創元SF短編賞において、「繭の見る夢」で佳作を受賞しデビュー。その後商業シーンでは沈黙が続くが、2019年に東京創元社ミステリーズ!Vol.96』に「感応グラン=ギニョル」が掲載されると、創元社のアンソロジーを中心に次々と短編の発表を重ね、今回の短編集へと至る。

 空木作品の特徴として、社会的に弱い立場に追いやられている人々を主人公として据え、彼女たちの感じる"痛み"を世界に突きつけるような物語であることが挙げられるだろう。また、江戸から明治時代の日本を舞台としてSF要素を持ち込んだり、それ以前の古典作品をモチーフとして未来の世界を描くことが多い。

 今回の短編集の収録作品の中でも、関東大震災後の浅草の芝居小屋を舞台に、残酷劇を演じるために集められた少女たちの物語である「感応グラン=ギニョル」や、地獄太夫をモチーフに小児性犯罪者に対抗するための囮AIをつくる二人の技術者を描いた「地獄を縫い取る」、そして安珍清姫伝説を下敷きに失恋すると女性は蛇に変身してしまうという奇病が蔓延した世界で二人の半蛇の生活を描く「メタモルフォシスの龍」などがある。これらについては以前のブログ記事で紹介したのでそちらも読んでいただきたい。この場ではこの他の2編を紹介しよう。

 「花物語」は戦時中、とある女学校に集められた特殊な少女たちの物語だ。その女学校に入学した生徒たちの胸元には、みな<花>の蕾が根を張っており、彼女たちが卒業する頃にはその蕾が花開いて、彼女たちを〈花屍(かばね)〉といういわゆるゾンビにしてしまうのだ。彼女たちはゾンビになるまでの三年間をこの学校で過ごしている。

 また「徒花物語」というタイトルと女学校という舞台設定から吉屋信子花物語』を連想させるとおり、エス」ならぬ「Z」という生徒同士の関係性がこの学校の中にも存在し、物語の肝となっていく。主人公の黛由香利はその醜い容姿と水かきのような形をした義足から「蛙」とか「オタマ」とあだ名されているが、そんな彼女に積極的に話しかけてくる学年一の美人、芦屋鈴羽との関係に悩むのだった。

 さて、本作はこの短編集の中で最長の物語となっているが、それに伴ってエンタメ的な要素もふんだんに詰め込まれている。例えば生徒たちの間で密かに回し読みされている作中作「徒花物語」の秘密に由香利たちが迫る展開はミステリ的であるし、〈花屍〉の正体が明かされるときの衝撃はSFに特有の魅力といえるだろう。

 そんな「徒花物語」はなんと無料公開されている。様々な秘密を知った由香利が最後に何を選択するのか、ぜひ見届けていただきたい。

 最後に収録された「Rampo Sicks」はタイトルにある通り、江戸川乱歩作品オマージュのスチームパンクとなっている。〈Asakusa Six〉と呼ばれる〈領区〉においては美しいことが罪になる。〈猟奇の鏡〉によって判定される美醜値が一定の基準を超えると、〈美醜探偵団〉によってその容姿を残酷なまでに破壊されてしまうのだ。

 そんな〈Asakusa Six〉において誰よりも醜い容姿を持つ不見世は、なぜか〈美醜探偵団〉に追い立てられてしまう。そんな彼女の窮地を救ったのは、美しいものを蒐集自らも美しい容姿を持つ大泥棒〈皓蜥蜴〉だった。

 「徒花物語」に続いて「Rampo Sicks」においても主人公の容姿は醜いとされている。またその他の短編においても、虐待によって障害を負った児童や、性犯罪の被害者など、社会的に弱い立場に置かれてしまう人々が主人公として据えられている。

 しかしそんな彼女たちに、社会的強者から救済の手が差しのべられてめでたしめでたし、といった展開には決してならない。むしろそういった憐れみの目線を否定する。それは「自分はこうでなくてよかった」という優越感の裏返しでもあるのだ。彼女たちの多くは救いの手を求めるのではなく、自らの与えられてきた痛みを世界に反射する。その痛みは作品の外にも十分届き得るものであり、読者に忘れがたい傷を残す。

 ところが最後に収録された「Rampo Sicks」の主人公、不見世だけは他の主人公とは異なる結末を迎える。一作一作が重い短編集ではあるが、最後まで読んだとき、より忘れえぬ一冊となるだろう。