汗牛未充棟

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『不可視都市』高島雄哉――384,400kmの距離を引き裂かれた恋人に再開するため、数学者は旅をする

 <不可視理論>という正体不明のウイルスによって交通網やネットが攻撃され、世界がバラバラに分断された世界で、恋人に会うために旅を始める数学SFです。

 

不可視都市 (星海社FICTIONS)

不可視都市 (星海社FICTIONS)

  • 作者:高島 雄哉
  • 発売日: 2020/03/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

・世界観

 物語の主な舞台となるのは今から一世紀ほど未来の2109年、中国。この時代の世界は都市部への人口集中が加速していて、人々は世界に十二しかない<超重層化都市(ギガロポリス)>とその周辺にある衛星都市に住んでいます。

 ギガロポリス同士は、飛行機などの交通網はもちろんインターネットで互いに繋がっていましたが、一年前に<不可視理論>が登場することで状況は一変します。正体不明のウイルス<不可視理論>は世界各国の無人兵器を乗っ取り、交通網を次々と攻撃、それぞれのギガロポリスは孤立するしてしまいます。人々は<不可視理論>を作り出し、世界を分断する謎の存在を、架空の十三番目の都市<不可視都市>と名づけ、噂します。ネットインフラも次第に被害を受け、各都市は情報的にも孤立していくのでした。

 本書『不可視都市』のすごいところは、<超重層化都市>や<不可視理論>などの想像力をかきたてられる魅力的な設定が物語の始まり、冒頭2ページで一気に開陳され、しかもその説明が主人公の青夏が無人兵器に追い立てられているという、派手で緊迫した場面とセットになっている点。物語の世界に一気に引き込まれてしまいます。

 

・三重構造のストーリー

 目次を見れば分かる通り、本作はA,B,Cの三つのパートが交互に進行します。メインとなるAパートの主人公は数学者の相原青夏。数学の中でも圏論という分野を専門とする彼女は、インターネットが完全に切断される直前、<空中庭園>というギガロポリスから発せられたメッセージに導かれて、北京を目指します。

 彼女の相棒は量子犬のサティエンドラ。サティエンドラはもう一匹の量子犬であるエンリカと量子エンタングルメントで同期しており、例え二匹が月と地球ほど離れた場所にいても遅延なく通信することができます。そう、エンリカは青夏の恋人である堤紅介とともに月面基地にいるのでした。

 青夏は不可視理論を攻略し、月面に行ったまま帰ってこれなくなった恋人と再会するため、数学者が集うという<空中庭園>を目指します。そして恋人の紅介は量子犬を通じて、月面から青夏のサポートを行うのでした。

 つづくBパートは1944年の戦時中の日本をスタートとして、様々な時代、場所におけるとある理論についてのエピソードが断片的に語られます。

 そしてCパートの舞台は2084年の日本から始まり、骨董品店の店主の若者と、彼の幼馴染でとある大企業の令嬢との、アインシュタインのコンパスを巡る長い長い旅路が描かれます。

 この三重構造がまた巧みで、Cパートに登場したキーワードが直後のAパートに現れたりするので、そうしたフックを辿っていくうちに、世界の成り立ちがうっすらと見えてくるのです。

 

 月と地球、38万4400kmの距離を引き裂かれた恋人たちは無事再会できるのか、そして<不可視都市>は実在するのでしょうか。

 

 ちなみに、終盤に「インパクトは強いけど、これ本当に必要だったの⁉」みたいなエピソードが挿入されていて、そこが腑に落ちないのですが、あれは果たして……。単純に私の読み取りが浅いだけという可能性もあるので、いろんな人の感想を漁ってみたいです。