汗牛未充棟

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10年代最後のSFアンソロジー!――『GENESIS 白昼夢通信 創元日本SFアンソロジー』

少女・ 先日ハヤカワ文庫JAから『2010年代SF傑作選Ⅰ,Ⅱ』が発売されました。2010年代のSFを総括するアンソロジーであると同時に、2020年つまりは20年代最初のSFアンソロジーでもあります。

 では逆に2019年ラスト、すなわち10年代の最後を締めくくったSFアンソロジーは何かというと、本書『GENESIS 白昼夢通信』となります。

 

Genesis 白昼夢通信 (創元日本SFアンソロジー 2)

Genesis 白昼夢通信 (創元日本SFアンソロジー 2)

 

 

 (きちんと調べたわけではないですが、年末に他にもSFアンソロジーが出たという話は聞かないのできっとあってるでしょう。)
 (ちなみに、ちなみにSF作品の年間ベストを決める早川書房『SFが読みたい!』の基準を参考にすると、2019年11月,12月の作品は2020年のものとしてカウントされるのですが、そこはそれ、ということで。)

 もちろんそういった主旨で作られたアンソロジーではないと思いますが、傑作ぞろいのアンソロジーでした。その中から個人的なお気に入りを2編紹介します。

 

〇空木春宵「地獄を縫い取る」

  五感を他者に伝達するデバイス蜘蛛の糸〉と、自身の感情を他者と共有する〈エンパス〉という技術が一般化した近未来。これらの技術は過去の多くの技術と同様にポルノ産業と共に進化していき、ウェブカム・チャイルド・セックス・ツーリズム(WCST)の進化系であるVRCSTという、〈蜘蛛の糸〉と〈エンパス〉を利用した遠隔的な児童買春が問題となっていた。

 そのような社会状況のなか、AIクリエイターのジェーンとプロデューサーのクロエは、VRCSTに手を染める犯罪者を摘発するための囮AIを開発するプロジェクトを二人で進めています。この二人、ただの仕事上のパートナーというだけではないようですが、「百合SFだ!」と跳びついて、何か甘やかなものを期待していると、地獄を見ることになります。

 物語はラボにおけるジェーンとクロエの会話、「私」と「ジェーン」のベッドシーン、そして地獄大夫のもとを夜毎に訪れる謎の「御坊」の場面という、三つの場面が交互に進行します。
 この三つ目の地獄太夫の場面がとても印象的でした。地獄大夫とは室町時代の伝説的な遊女で、遊女の身でありながら高い教養を備えていたそうです。現世の不幸は前世の行いによるものだとして、自ら地獄を名乗り、地獄絵図の描かれた衣服をまとっていたとのこと(以上wikiより)。

 作中でその地獄太夫のもとを訪れた御坊は、太夫と問答をしたかと思えば懐から縫い針を取り出し、太夫の皮膚に直接糸を通していきます。伝説では地獄の様は着物に描かれていましたが、御坊は針と糸を使って太夫の肌に地獄の情景を描いていくのでした。その様はひどく異様な艶めかしさを伴って読者を惹きつけます。

 近未来的な世界観のなか、この挿話はいったい何を意味するのでしょうか。個人的には年間ベスト級の短編でした。

 

〇門田充宏「コーラルとロータス

  ミラーニューロンの異常動作により、他者の感情を自分のものとして認識してしまう過剰共感能力。そんな特性を持つ十六歳の少女・珊瑚は、その能力を活かし、他人の記憶を翻訳するインタープリタとして働いていた。あるとき珊瑚の働く「九龍」の職員であるカマラという女性が失踪する。カマラの身にいったい何があったのか、彼女の行方を探るため、珊瑚は失踪前にカマラが提供していた彼女の記憶の翻訳に挑戦する。

 この作品は過剰共感能力とそれを利用した記憶の翻訳技術という架空の技術のある世界を描いたSFですが、それと同時に珊瑚が翻訳したカマラの記憶をもとにカマラの行方を推理するミステリーでもあります。そしてさらに、珊瑚とカマラの関係性に注目すると一級の百合作品でもあるのです。

 主人公の珊瑚は特異体質の持ち主ですが、それゆえに一般的な修学経験もなく、まだまだ自分に自信が持てません。一方で珊瑚と二つしか違わない十八歳のカマラは、来日から一年で既に日本語は完璧なうえ、仕事ぶりも超優秀ときています。カマラと仲良くなりたい珊瑚ですが、カマラのまとうクールな雰囲気に、つい気後れしてしまい、なかなかうまくいきません。これぞ王道といった関係性ではないでしょうか。

 また、物語の終盤に登場する珊瑚の共感能力を活かした”とっておき”は、とてもエンタメ性が高くて魅力的な設定だと思いました。一応この場では詳細を伏せますが、あえて言うならプリズマ☆イリヤのインストールといったところでしょうか。”とっておき”のバリエーションも気になるところですが、このシリーズの短編がほかにもあるようです。連作短編集として一冊にまとまるといいな……。

 

 このほかにも、アニメの制作現場でSF考証として奮闘する二人の女性(?)を描いた高島雄哉「配信世界のイデアたち」、
突如街中の広場に現れたまま何もしない怪獣と、その街で暮らす人々の顛末を描いた石川宗生「モンステリウム」、
夢で見るような幻想的な世界のなかで二人の女性が文通をする書簡体小説である表題作の川崎芽生「白昼夢通信」、
太った人たちが強制的に集められ、目の前に出されるご馳走を食べたらゲームオーバーで死亡という、不条理なデスゲームが繰り広げられる松崎有理「痩せたくないひとは読まないでください。」、
重力が地球とは異なる火星で、主人公がピアノの調律に挑戦する、大御所の三十年ぶりの商業作品、水見稜「調律師」、
そしてアンソロジーにまつわるエッセイが二本収録されています。