汗牛未充棟

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2010年代のSF総まとめ ベテラン編!――大森望,伴名練編『2010年代SF傑作選1』

 2010年代のSF小説を総括するこのアンソロジー。収録作品のチョイスは、翻訳家にしてアンソロジスト、言わずと知れた大森望と、早川書房が主催するベストSF2019で国内編の1位を獲得した『なめらかな世界と、その敵』の著者である伴名練が務めています。

 伴名練とアンソロジーといえば、『なめらかな世界と、その敵』の出版と合わせて公開された激熱の1万字メッセージが思い出されます*1。この傑作選とは別に伴名練編のアンソロジーも出版が予定されているそうなので、そちらも楽しみです。

 

2010年代SF傑作選1 (ハヤカワ文庫JA)

2010年代SF傑作選1 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 文庫
 

 

表紙について 

 このアンソロジー、まず注目していただきたいのはこの表紙のイラストです。大量の本を背景に読書中のこの人物。さて、あなたはこの人物が少年に見えますか、少女に見えますか。

 イラストレーターのシライシユウコは伊藤計劃『ハーモニー』の単行本でも表紙イラストを担当し、最近ではSFマガジン2019年2月号の百合SF特集や、百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』でも表紙を彩りました。その流れを踏まえると、この『2010年代SF傑作選』の表紙が少女のイラストでも何の不思議もないような気がします。ちなみに、10年前の『ゼロ年代SF傑作選』の表紙を見てみると、同じくシライシユウコによって本の山を挟んで二人の少女が描かれています。

 ここであえて百合SFの流れに乗らずに、男女どちらともとれるようにしたことが、ジェンダーに基づく規範からの自由を求める10年代後半のモードを表しているような気がします。この中性的なイラストにSFの、ひいては小説の自由を見たとまで言えば、言い過ぎでしょうか。とにかく、それぐらい素敵な表紙だと感じました。

 

 さて、それでは収録作品に目を向けていこうと思います。編者の大森望は「ベスト・オブ・ザ・ベストを選んだので、SF愛好家には既読作品が多いだろう」といったことを序文で書いていましたが、私は既読作品なしで、別の作品を読んだことのある作家も小川一水津原泰水円城塔の三人だけでした。SF読者としてはまだまだ駆け出しだなと感じます。

 ちなみに初出情報を見ると、10年代前半からの選出が多いように感じました。この辺詳しく見ていくと面白そうなので、傑作選2を読んだ後にまとめてみたいと思います。

 それでは、収録された10作の中から気になった作品を2作紹介したいと思います。

 

小川一水「アリスマ王の愛した魔物」

 本作はディメという架空の国の歴史を語るものとなっています。小国ディメの第六王子として生れたアリスマは体格にも武勇にも恵まれませんでしたが、数字を愛し、数字を扱う才能に恵まれていました。そんなアリスマ王子のもとにあるとき不思議な従者が現れ、算廠(さんしょう)という機関をもたらします。

 算廠とは大量の人間の力を用いて、複雑な計算を行う機関です。逓子(ていし)と呼ばれる何十万の人間が国中を走り回ってありとあらゆる数字を収集し、それらの数字を入力された珅子(しんし)と呼ばれる何千もの人間がひたすら計算をします。その結果敵国の侵攻のタイミングや、国内の間者の人数など、アリスマの求めに応じてあらゆる答えを導きだします。この算廠の力を使ってディメ王国は拡大していくのでした。

 この算廠について読んだ時の私の最初の感想は、「これ、『三体』で見たやつだ!」でした。もちろん、どちらが先かとかそういう話ではなくて、大量の人間を使ってコンピューターのように計算させるというのは、昔からある発想なのだと思います。とはいえ、どこかに起源はあるのでしょう。試しに『三体』の「人列コンピューター」で検索してみると、「38年前にみた」なんて投稿も見つかりました*2

 本作は独特な文体も魅力的です。物語は語り手が”お大尽さま”に語って聞かせる形式で書かれています。この語り手の口調が、なんだか艶めかしい雰囲気で魅力的です。私は途中からFate/GrandOrderのシェヘラザード(CV.井上喜久子)をイメージして読んでいましたが、果たしてこの語り手と”お大尽さま”の正体は、というのも物語のポイントとなっています。

 

神林長平「鮮やかな賭け」

 79年から活躍している大ベテランの最新短編。本作が収録されたSFマガジン2019年10月号は買ってはいましたが、「40年も活躍してるのはすごいけど、作品は古臭いんじゃないの?」という、言語化してしまうとあまりにも失礼な先入観によって読んではいませんでした。つまりは自分には合わないかなと思っていたのですが、実際読んでみると文章は分かりやすく、キャラクターは親しみやすく、とても面白い作品でした。読まず嫌いしていた作家の傑作に出会えるのもアンソロジーの魅力ですね。

 物語は許嫁の男女が賭けをするところから始まります。主人公の女性の許嫁は、見た目こそイケメンですが、その実「くう、ねる、やる」の三点で脳内が満たされているろくでなしで、女性は婚約を解消したがっています。そこで、男が丸一日「くう、ねる、やる」もどれもしなければ夫婦になるという賭けを始めました。しかし、賭けに勝てるか不安になった女性は、村のオバアのもとに相談に向かいます。そこからこの世界について徐々に明らかになっていき、物語は主人公とオバアの賭けへと繋がっていきます。親近感の湧く始まりから、徐々にエスカレートする物語に没入しました。

 しかし、40年も執筆を続けていていながら、最新作が10年代の傑作選に選ばれる、つまりずっと面白い作品を書き続けているというのは、すごいことだなと感じます。

 

そのほか、
上田早夕里「滑車の地」、
田中啓文「怪獣惑星キンゴジ」、
仁木稔「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」、
北野勇作「大卒ポンプ」、
津原泰水テルミン嬢」、
円城塔「文字渦」、
飛浩隆「海の指」、
長谷敏司「allo,toi,toi」
が収録されています。

 

 

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