汗牛未充棟

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第3期2号は捕鯨アイドル、野生のコンビニ、百合SF――大森望 責任編集『NOVA 2019年秋号』

 大森望責任編集のもと、新作・書下ろしのSF短編を集めたアンソロジー。第一期十冊、第二期二冊を経て2019年から始まった第三期『NOVA』の第二号となります。

 まえがきを読むと「隔月刊の〈SFマガジン〉に続く文庫版のSF専門誌――になれるかどうかは定かじゃありませんが、日本SF短編マーケットの一翼を担うことを目指してがんばりたい。(p.4)」とあります。

 私個人がSFというジャンルを意識したのは、SFマガジンを買うようになってからでした。初めて買ったのはゲームSFを特集した2018年6月号(マルドゥックの単行本化が待ちきれずにSFマガジンに手を出しました)です。それ以来、にわかSFファンとしてハヤカワ文庫JAを少し読むようになっただけなので、あまり意識していませんでしたが、SFを専門に扱う雑誌というのは、〈SFマガジン〉以外目立ったものはないのですね。一ファンとして面白い作品は逃さないように、いろいろ手を出していきたいと思いました。

 『三体』や『ヒッキーヒッキーシェイク』のヒットに触れた編集後記も必読です。

 

NOVA 2019年秋号 (河出文庫)

NOVA 2019年秋号 (河出文庫)

 

 

 さて、この「2019年秋号」は9編の短編から構成されています。その中から3編ピックアップして紹介したいと思います。

 

高山羽根子「あざらしが丘」

 帯に「捕鯨アイドル」という訳分からん文字が躍っていたため、一部から「絶対げんげんだろ」などと言われていましたが、犯人は高山羽根子でした。どうやっても関連しなさそうな「捕鯨」と「アイドル」ですが、「捕鯨文化の保全」というお題目で架空の歴史を語られると、勢い納得してしまうのですごいです。

 捕鯨アイドルグループ「あざらしが丘」が挑むのは本物のクジラではありません。「培養鯨」と呼ばれるそれは、AIを搭載した巨大な疑似生命体で、アイドルに危険がないように設定されています。しかし今の彼女たちが立ち向かうのは、なぜか制御を離れ暴走している「モビィ」と呼ばれる個体。年若いアイドルたちと白鯨の戦い、そしてその舞台裏が同伴するライターの目線で語られます。

 本題とは関係ありませんが、大森望による扉裏の解題では「クジラSFといえば……」「サメSFといえば……」といくつかのタイトルが挙げられます。これは本人の記憶から引っ張り出しているのでしょうか。それとも何かデータベースがあるのでしょうか。「クジラSF」で検索できるデータベースがあるのなら、いつか見てみたいものです。

 

・アマサワトキオ「赤羽二十四時」

 扉裏の解題を引用すると「伊豆大島などに棲息する野生のコンビニ店舗、店落し(ストアハンター)に捕獲され、生体加工を施されたのち、コンビニエンス・ストアとして生まれ変わる……。(p.206)」何を言っているのでしょうか。

 今回の『NOVA』は奇想SFばっかりかと思われてしまうかもしれませんが、もちろんそんなことはなく、ピックアップした私の趣味です。

 ファミリーマート赤羽六丁目店の雇われ店長スリム・"ドローヴァ―"・ウォレスは、深夜のワンオペ中にコンビニ強盗や、コンビニの開放を求める活動家と対峙することになります。

 私もコンビニバイトの経験があるので、やたらリアルなコンビニのディテールが面白かったです。私の働いていたコンビニでは、レジの中に脳みそが格納されてはいませんでしたが……。 


・草野原々「いつでも、どこでも、永遠に。」

 スターウィズダム学園(⁉)に通う羽沢八千代は、ルームメイトにして密かに心を寄せる相手・天道万里乃が、先輩である川原灘と付き合っていることを知ってしまい、激しく絶望します。失意の八千代は、全校生徒に配布されているバディAIを育成し、万里乃の人格を再現させることを思いつきます。理想の万里乃(=マリノ)を作りあげた八千代は、マリノと「いつでも、どこでも、永遠に」一緒にいることを約束するのですが……。

 女子校内の三角関係から始まり、AIの育成につながった物語は、ここからどんどんと大きくなっていき、スタートからは思いもつかないようなところへたどり着きます。いつもの原々流ワイドスクリーン百合バロックといえるでしょうか。

 しかしいきなり「スターウィズダム学園」という固有名詞が出てきて驚きました。これでモブに『大進化どうぶつデスゲーム』のキャラクターが出てきたら笑ったのですが。この学校だけがスターシステムになっているのかもしれません。