汗牛未充棟

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【レビュー】実は〇〇SFだった!?伴名練&けーしんによる「コミック百合姫」表紙連載を読み解く

 年間を通して一人のイラストレーターが表紙を担当するコミック百合姫。これまでにもフライ、白身魚、ろるあなどの著名なイラストレーターが担当し、それぞれの世界観で読者を魅了してきたが、2021年は作家・伴名練イラストレーター・けーしんのコンビが担当し、異例の構成となっている。

 

 
 見てわかるとおり、コミック誌の表紙でありながら、半分近いスペースにびっしりと小説が書かれていて、残りのスペースに小説の内容に合わせたイラストが描かれている。

 小説の主人公は、中学生ながら雑誌のモデルをしている小櫛一琉。華やかな仕事をしながらも、とあるコンプレックスを抱えている彼女は、あるとき撮影で訪れた旧家の一室で、不思議な机を見つける。その机の引き出しは、およそ百年前の過去と繋がっていた。一琉は手紙を介して、百年前の世界に生きる一つ年下の少女と文通を始める。

 そのもう一人の少女、日向静は大正時代に生きる好奇心の塊のような少女で、保守的な姉に反発しながら、新しい知識や技術を貪欲に求めている。静については、「世界すべてを飲み込もうとするような、未知への憧れに輝く瞳*1」という描写が非常に印象的だ。

 

 

 ジャンルとしてはタイムトラベルものの一種といえるだろうが、連載の折り返しでもある6月号で、本作のもう一つの一面が明らかにされた。その情報の開陳に至るまでの読者の振り回し方が素晴らしかったので、今回はここまでの仕込みを振り返っていきたい。

 まだタイトルのないこの作品も、いずれまとめて読めるときが来るとは思うが、連載で一話ずつ読んでこその驚きを味わうためにも、是非リアルタイムで手にとってほしい。

 

 

※以下、2021年1月号から2021年6月号までのネタバレを含みます。

 

 

 一琉と静、異なる時代に生きる二人の少女の交流を描く本作では、それぞれが生きる時空が正確に何年なのかが、物語のキーになる。

 この点、静の生きる年代はすぐに明かされる。撮影に訪れた旧家の一部屋で、一琉が机の引き出しの中に見つけた手紙には「大正六年十月七日 日向静」と記されていた。大正六年、すなわち1917年である。

 それに対し、一琉はモノローグで「大正って、確か、今から百年くらい前だったはず(1月号)」と語っている。となれば、一琉のいる時代は2017年前後ということになる。その後も「百年の時を渡り(2月号)」「百年を隔てて(4月号)」という描写が見られるが、これが正確に百年の差を示しているのか、「だいたい百年」の意であるかは明らかにされない。

 

 一方で1月号には「私の胸は、マスクを買うためコンビニへ寄るように急かしている」という比喩が書かれている。さらに一琉がマスクを間違えて濡らしてしまったときには「一直線に「マスクを買える場所」めがけて急いで(3月号)」いた。昨春のマスク不足による狂騒も記憶に新しく、この描写によって、この作品はコロナ禍にある現在を舞台にしていると考えた読者も多いのではないだろうか。

 しかしそれはすぐに否定される。一琉には静と同い年の実の妹がおり、自分を追い越して全国区でモデルや女優として活躍する妹と見間違えられることがコンプレックスとなった一琉は、年中マスクが手放せなくなってしまったのだ。つまりコロナ禍は無関係なのである。

 

 しかし月6号で事態は急転する。静との秘密の文通を知った一琉の妹、美頼は、タイムトンネルとなっている机が置かれている旧家を連続ドラマの舞台として起用し、関係者以外立ち入り禁止にすると一琉に告げる。そのことをきっかけに旧家の来歴を改めて調べた一琉は、そこで衝撃の事実を知ることになる。そして、ここで初めて一琉のいる時空が西暦何年なのかも明らかにされる。

 静の時代はこちらからちょうど百年前なのだ、面倒な計算は要らない。
 今が2018年の6月なんだから、あちらは1918年の6月だ。*2

 この1918年とは、一琉や静が暮らす神戸を中心にスペイン風邪、つまりインフルエンザ・ウイルスが猛威を奮った年なのだった。一琉が読んだ記録では、このスペイン風邪の流行によって遠からず静が命を落とすことが記されていた。

 

 つまりコロナ禍の世界を舞台にしているのかな、という読者の予想を一度否定しておいて、ここでパンデミックSFの一面を明らかにしてきたのだ。

 そして6月号は次のような静の力強い台詞で締め括られる。連載も折り返し地点を過ぎて、ここからどう展開するのか、是非ともリアルタイムで物語に振り回されていただきたい。

《これが歴史なら、思うさま壊し尽くしてさしあげましょう。手伝ってくださる?》

 

*1:コミック百合姫2021年3月号表紙より 以下、コミック百合姫表紙からの引用は文末に(3月号)のように記す。

*2:一琉が初めて手紙を見つけた時点から年を越している。物語冒頭の西暦は2017年。