汗牛未充棟

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SFマガジン2020年6月号”英語圏SF受賞作特集”ーー異類婚姻譚(百合)やゲームブックなど多彩なラインナップ!

 コロナ禍の影響で当初の予定より一ヶ月遅れの2020年5月末に発売された「SFマガジン」の2020年6月号は、英語圏SF受賞作特集。ネビュラ賞などの著名な賞を受賞した短編が、合わせて4編掲載されています。

 

SFマガジン 2020年 06 月号

SFマガジン 2020年 06 月号

  • 発売日: 2020/05/25
  • メディア: 雑誌
 

 

 また特集とは別に、6月18日に『三体』の第二巻「黒暗森林」が発売される劉慈欣のデビュー作「鯨歌」も冒頭に掲載されています。こちらは連載となっていて、劉慈欣の選りすぐりの短編が今後も掲載されるようです。いくつか掲載されたら書籍化されるのでしょうか。楽しみです。

 

○劉慈欣「鯨歌」(訳:泊功)

 政府軍に精製工場を押さえられた南米の麻薬王、通称ワーナーおじさんは、再起を図るためどうにか持ち出したヘロイン25トンをどうにかアメリカへ密輸しようと試みます。しかしあらゆる密輸手段はニュートリノ探知機を備えたアメリカ政府に、ことごとく阻まれてしまいます。そんなワーナーおじさんの前に現れた科学者、デイビッド・ホプキンス博士は、鯨を利用した驚きの密輸方法を提案するのでした。

 劉慈欣のデビュー作は鯨SFでした。鯨SFなんて他にあるのかよ、と思うかもしれませんが、最近でも「NOVA 2019年秋号」に高山羽根子の「あざらしが丘」という捕鯨アイドルをテーマにした短編が掲載されています。そしてその「あざらしが丘」の扉裏解説では大森望が鯨SFのタイトルをずらりと並べています。鯨SF、意外とポピュラーなのかもしれません。


○P・ジェリ・クラーク「ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」(訳:佐田千織)

 2019年のネビュラ賞ショート・ストーリー部門受賞作。
 アメリカ合衆国初代大統領のジョージ・ワシントンが、入れ歯の材料として黒人の歯を九本買ったという史実をもとに、それぞれの歯の持ち主の来歴を簡潔に綴る構成になっています。また、当たり前のように人魚が登場したり、魔法が使われたりする、マジック・リアリズムな世界観も特徴です。
 そのような世界観でありながら、史実同様に黒人は奴隷として搾取されており、2020年6月の「いま」読むべき作品となっているのではないでしょうか。


〇アマル・エル=モータル「ガラスと鉄の季節」(訳:原島文世)

 2016年のネビュラ賞、そして2017年のヒューゴー賞ローカス賞、それぞれのショートストーリー部門を受賞した作品です。
 一人目の主人公であるタビサは、夫との愛情を疑ったことで呪いを受け、七足の鉄の靴を履きつぶすため、過酷な旅を続けていました。一方でもう一人の主人公アミラは、とある国の王女として生まれ、その美しさが争いを招かないように、ガラスの山の頂きにとどまり続けることを強いられているのでした。そんな二人が出会い、その在り方は間違っていると、互いが互いを呪縛から解放します。
 一見とてもファンタジックな世界を描いていますが、分かりやすく男社会に抑圧された女性の解放が書かれていて、現代の寓話といった趣きになっています。


〇ゼン・チョー「初めはうまくいかなくても、何度でも挑戦すればいい」

 2019年のヒューゴー賞中編小説部門受賞作。
 イムギ(大蛇)のバイアムは、龍となって昇天するために千年をかけて準備しましたが、二度続けて失敗してしまいます。これが最後と決めた三度目の挑戦も、レスリーという人間の女性に目撃されたことで失敗してしまいました。バイアムは復習のために天女の姿を取ってレスリーに近づきますが、そこでレスリーバイアムの求める”道”の研究者、つまり天文学者であることを知り、レスリーから学ぶようになります。次第にバイアムレスリーは惹かれあうようになり、同棲を始めます。異類婚姻譚(百合)といったところでしょうか。

 嬉しいことに今回掲載の4編のうち、2編が百合作品となっています。ただ私個人としては百合作品を娯楽コンテンツとして消費している自覚があるので、LGBTフェミニズムの文脈で出されると、なんとなく負い目を感じてしまいます。

 

〇キャロリン・M・ヨークム「ようこそ、惑星間中継ステーションの診療所へ――患者が死亡したのは0時間前」(訳:赤尾秀子)

 2017年のネビュラ賞ショートストーリー部門ノミネート作品。
 やたら長いタイトルでいったいどんなお話かと思ったら、まさかのゲームブック形式でした。毒のある虫に噛まれて土星天王星の中継ステーションにある診療所を訪れた”あなた”は、治療、もしくは生還するために行動を選択します。
 どの選択肢も皮肉に満ちていて楽しく読みましたが、一方でどうしてこの作品がネビュラ賞にノミネートされたのかなという疑問もあります。ただ、政治的、社会的メッセージが込められた作品だけがノミネートされるわけではないというのは、私としては喜ばしいことだと感じました。

 


 今回掲載された4編を読むと、SFというよりファンタジーな世界観の作品が多いなと感じましたが、そもそもネビュラ賞ヒューゴー賞はSFとファンタジーの賞なのですね。私が思っているよりこの二つのジャンルの距離は近かったようです。