汗牛未充棟

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季節は冬、関係性も裏世界の恐怖も加速する!――宮澤伊織『裏世界ピクニック4 裏世界夜行』

 4巻の発売にあわせて特別PVが公開されたり、書店で大々的にフェアが組まれたりと、いま勢いのある『裏世界ピクニック』。この4巻では空魚と鳥子の関係に大きな進展がありました。ネタバレありで感想をつらつらと書きましたので、シリーズを未読という方がいれば、とりあえずこのPVを見てから書店へと向かってください。


『裏世界ピクニック』特別PV

 

裏世界ピクニック4 裏世界夜行 (ハヤカワ文庫JA)

裏世界ピクニック4 裏世界夜行 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

〈あらすじ〉

 潤巳るな率いるカルト集団によるDS研襲撃、そして化け物となった閏間冴月の強襲を辛くも退けた空魚と鳥子。その後始末のため、二人とDS研の汀、そして汀の雇ったPMCたちはカルト集団が根城にしていた〈山の牧場〉へと向かう。そこで空魚の目が見つけ出したものとは……。
 そして、閏間冴月の生存が絶望的となったいま、空魚と鳥子の関係にも変化が訪れる。

 

・ネットロア、実話怪談

 『裏世界ピクニック』を読むときは「百合作品!楽しみ!」という気持ちで読み始めるのですが、途中でホラー小説でもあるということを突き付けられて「怖っ!」となることを繰り返しています。何回読んでも学習しない。認知に対して何らかの攻撃を受けている可能性もあります。

 そんなわけで4巻もバリバリ怖いです。裏世界の中で何らかの異常事態に巻き込まれるというのが基本パターンでしたが、この4巻では4話中3話で、表世界で異変に遭遇します。こうなってしまうといつ何時、裏世界からの接触があるか分からないので、緊張感も倍増です。

 個人的には「ファイル13 隣の部屋のパンドラ」が一番怖かったです。空魚が住むアパートの隣の部屋の様子がおかしい、という話ですが、自宅という自分が一番安心できる場所を侵されるというのが最悪です。

 これはあれです。Gと同じではないでしょうか。外でGを見かける分にはただの虫ですが、それが家の中にいるとなると話が違ってきます。体長数cmの黒光りする虫が絶対的な私的空間にいるということ、しかも一匹見つけた時点であと何匹いるか想像もつかないということが恐怖を加速していくのです。

 空魚は特に自分の生活空間に他人を入れたくないと考えるタイプのようですが、「鳥子なら耐えられる」というあたり、関係の深さを感じられます。

 

・空魚、大好きだよ

 本書の帯にも使用されたこの強烈すぎる台詞ですが、本編では三回ほど登場します。(カウント間違っていたらすみません。)

 一回目は裏世界は自分と鳥子だけの世界だという空魚に、ふとこぼれ落ちたかのように伝えられます。

 「空魚、好き」
 「――あ、そう?」
 「大好きだよ」
 「はいはい、ありがと」 (p.73)

 

 突然のことに動揺した空魚は正面から答えず、受け流します。
 その後ファイル13を挟んで、ファイル14で空魚と一緒に温泉に入ることになった鳥子はやたら取り乱して挙動不審になりますが(お前ら付き合いたてのカップルか?小桜の心労を考えろ)、無事鳥子も日本の温泉に慣れた様子で、深夜の露天風呂で改めて告げられます。

 

 「空魚、好き」
 「ありがと。私も鳥子のこと、好きだよ」
 なんにも考えないで私は言った。いつになく素直な気持ちだったから、いつもなら照れくさくて言えないような言葉でも、口にすることに抵抗はなかった。 (p.220)

 

 一見気持ちが通じ合っているようですが、なにやらすれ違いがあることが、直後の鳥子の最悪の発言から明らかになります。(この辺の鳥子さんの言動、なんか性欲が漏れ出てませんか?)
 その直後に裏世界からの接触があってなんとなくうやむやになりましたが、空魚も鳥子の気持ちに全く気付いていないわけではなく、思い悩みます。

 

 怖いのは、鳥子に対して、どう反応したらいいのかわからないことだった。どんなに恐ろしい場所にもついてきてくれて、ずっと隣にいてくれる、信頼できるこの女が、さらに踏み込んできたとき、どんな態度で接すればいいのか――私の中には何の答えもなかった。 (p.251)

 

 これ、攻め続ければ遠からず落ちるぞ、行け、行くんだ鳥子、攻める手をゆるめるな!
 そしてファイル15、空魚の因縁である赤い女を退けたのち、鳥子は改めて告げます。

 

 「空魚、好きだよ。わかってる?」
 (中略)
 「わかってるよ。私をなんだと思ってるの」
 「……こ、」
 「この世で一番親密な関係、でしょ。鳥子が自分でそう言ったんじゃない」
 今度は何も言わずに、鳥子が私を強く抱きしめた。 (p..329)

 

 空魚は二人の関係にひとつの答えを出しました。鳥子が「こ、」のあとに続けようとした言葉は空魚とは違うものだったのかもしれません。それでも。鳥子は空魚の答えを受け入れたのでしょう。

 さて、二人の関係はひとまず落ち着いたようですが、今後どうなっていくのでしょうか。個人的には鳥子について、閏間冴月を失って依存先を空魚に変えただけじゃないのか?という不安があります。もし、きちんと自我を持った閏間冴月が二人の前に現れたら鳥子はどうなってしまうのでしょうか。不安な気持ちと「頼んだぞ」と祈るような気持ちがあります。

 いずれにせよ、シリーズはまだまだ続きそうなので、次巻が楽しみです。