汗牛未充棟

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新世代のSFを”Genesis”するアンソロジー――『GENESIS 一万年の午後 創元日本SFアンソロジー』

 このアンソロジーに宮澤伊織も参加しているということで、たしか発売してすぐ買ったと思うのですが、つい積んでしまいました。気付けば1年も経ってしまい、第二弾が出るということで、ようやく読むことに。

 頭から順番に読んでいって、さて宮澤伊織だと思ったら、なんと今回収録の「草原のサンタ・ムエルテ」は氏が創元SF短編賞を受賞した「神々の歩法」の続編とのこと。「神々の歩法」を読んでから出直したいと思います。

 とはいえ、一人の作家を目当てに買っても、新たに好きな作家に出会えるのがアンソロジーの魅力です。今回は収録作品の中から、2編ほど紹介したいと思います。

 

Genesis 一万年の午後 (創元日本SFアンソロジー) (創元日本SFアンソロジー 1)
 

 

・秋永真琴「ブラッド・ナイト・ノワール

〈あらすじ〉
 太陽を克服し昼間も活動できるようになったヴァンパイア〈夜種〉と、絶滅寸前まで数を減らし〈王族〉として夜種たちに敬われている人間が暮らす世界。

 大都市ロファオスに縄張りを持つギャング「ディスバーザ・ファミリー」の幹部であるアヒト=ムラクモはひとりの少女を保護する。その少女の正体はロファオスを訪問中の王族、カリス王女だった。とある男を探してほしいというカリスの頼みを引き受けたアヒトだったが、どうやらその男はスラムにいるらしく……。

 

 最近SFアンソロジーをいくつか読むようになって「吸血鬼ってSFなんだな」と思うようになりました。というのもかなりの高確率で吸血鬼ものと行き会うのです。(具体的には『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』の「彼岸花」や、『宙を数える 書き下ろし宇宙SFアンソロジー』の「蜂蜜いりのハーブ茶」、そして本作です。)

 吸血鬼なんてSFと正反対のオカルトだと思ったいましたが、つまり吸血鬼がいると仮定して、そこからどのような歴史をたどるのか、その結果どのような社会が生まれるのか、といったことを考えるのがSFということなのでしょう。

 

・松崎有理「イヴの末裔たちの明日」

〈あらすじ〉
 AI技術が発達し、多くの仕事が汎用AIにとって代わられた近未来の物語。事務職である主人公も、AIから解雇を告げられてしまう。汎用AIの普及に合わせ、国民には無条件でベーシックインカムが支給されるようになったが、それに不足を感じた主人公は新たな仕事を探し始める。ほとんどの職種でもはや採用がないなか、ようやく見つけ出したのは、治験のアルバイトだった。確率薬理学という新たな理論に基づくという新薬は彼になにをもたらすのか。

 

 AIの普及による技術的失業については、仕事柄まったく他人事ではなく、むしろ真っ先に取って代わられそうな職種であるため、このテーマはとても気になります。

 作中ではAIでは代替できない職業として、治験バイトのほかにバーテンダーなども登場しました。つまるところ人体実験である治験バイトは当然として、バーテンダーとは単に酒類を提供するだけでなく、客をもてなしたり、会話の相手となることが求められているのでしょう。この手の職業も将来は、お酒をつくるのは機械任せで、人間は客の相手だけをするという、カウンセラーのような業務形態になるのかもしれません。

 このように作品を通して、AIに代替されない人間の職業とはなにか、そしてAIに仕事を奪われた人間はどのようにして生きてゆくのか(もしくは生かされるのか)といったことが書かれています。

 また作中でのAIの描写についても、面白く感じました。この作品ではどうやら一つのマシンボディに一つの人工知能が搭載され、複数の業務を掛け持ちしながら働いているようです。つまり人間の在り方を模しているのだと思います。これはあえてAIを擬人化して人間のように描写しているのかもしれませんが、他の作品と比較すると面白いかもしれません。

 例えば森博嗣講談社タイガから出しているWシリーズにおいて、人工知能はあまり数多く存在せず、本体であるハードは設置された場所を動かずに、現実世界での活動が必要な場合はロボットを使います。そのロボット自体には人工知能は搭載されていません。

 どちらがより現実的かと言われると、恐らく後者なのでしょうが、汎用AIという人間よりも高度な知能と、人間よりも便利な体を持つ存在を描くことで、物語はより示唆的、諷刺的意味合いを持つのかなと思いました。