汗牛未充棟

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10年代ラスト、すべてをぶっ壊す問題作――草野原々『大絶滅恐竜タイムウォーズ』

 

大絶滅恐竜タイムウォーズ (ハヤカワ文庫JA)

大絶滅恐竜タイムウォーズ (ハヤカワ文庫JA)

 
 
〈あらすじ〉

 前作『大進化どうぶつデスゲーム』で辛くもネコ宇宙の侵食を退けた星智慧女学院3年A組の生徒たち。それから三ヵ月が経ち、今度はトリ宇宙によってヒト宇宙の進化史が書き換えられてしまう。

 休日であったため、星智慧女学院のある小田原市内に散らばっていた生徒たちは、校庭に埋めたタイムポータルを使ってタイムスリップをするため、それぞれで学園を目指す。異常な進化を遂げたトリたちに襲われながらも、どうにかタイムスリップした彼女たちであったが、その瞬間ある違和感に襲われるのだった。

 

 以上のようなストーリーが、1832年のビーグル号の甲板で老婆がダーウィンに語るという体裁で進んでいきます。なぜ、200年ちかく未来の物語を老婆は語ることができるのか。というかなんで急にダーウィンが出てきたのか。もう何も分からないので読んでもらうほかないという感じです。

 かろうじで説明できる範囲で魅力を挙げるとするならば、多彩な生き物たちでしょうか。中生代以前の生き物たちが縦横無尽に暴れまわるのはもちろん、それらの生物が絶滅せずに、環境に合わせて様々に進化した奇妙な生き物たちもたくさん登場します。スマホで画像検索をしながら読むと、ビジュアルイメージが補強されて良いのではないでしょうか。

 

 ちなみに、前作『大進化どうぶつデスゲーム』の感想で幾久世と千宙の関係性が気になると述べたのですが、その辺の感傷はなんというかもう蹂躙されます。あれだけ死について屈折した感情をもっていた千宙の最期が、〇〇で〇ったから〇死なんてことあります⁉

 


以下、終盤の展開について感じたことをネタバレを交えつつ書いていきます。

 


・Radical Weak Yuri
 タイムポータルから6600万年前の白亜紀末期にタイムスリップした彼女たちはある違和感を覚えます。それは一言でいうなら「わからなさ」でした。シンギュラリティAIシグナ・リアの説明によれば、それはヒト宇宙がトリ宇宙の侵略によって枝時間になってしまい、所属している時間が疎外されたことで、現実に生き生きとした感覚を覚えることができず、行動するための「理由の力」が失われてしまったということでした。

 その対応としてリアが行ったのは、彼女たちに『大進化どうぶつデスゲーム』を読ませるというものでした。彼女たちはそれを読むことで、物語上のキャラクターである自分の内面を想像して共感して感情移入し、どのような理由で生きるかということを学習します。その結果、生き生きとした理由を感知せずとも、ごっこ遊びのようにして行動することができるようになりました。

 このように「理由の力」を失った彼女たちの在り方こそ、現実に生きる人間の姿ではないかと終盤で語られます。以下、長いですが該当部分を引用します。

人間は自由意志を持っていない。理由に基づく行為をしているように思い込んでいるが、実は因果に基づいている。性格に一貫性はなく、状況に依存している。キャラクターに比べたら、全然、リアルでなく、生き生きとしていない。
 対して、キャラクターは性格に一貫性があり、理由に基づいた行動をして、理由秩序に合致して感情を変化させる。リアルで、生き生きとしている。
 人間は、キャラクターたちの内面を想像して、共感して感情移入して、理由空間を認識し、かろうじで、理由に基づいた行動のようなものを、ごっこ遊びの形で再現するだけなのだ。(p.315)

 つまり、行為の前提である「理由」や「関係性」といったものは、私たち現実を生きる人間の中には存在せず、私たちは物語の中のキャラクターたちの真似をしているにすぎないということでしょうか。
 このような考え方を理解するうえで、昨年公開された宮澤伊織と草野原々の対談がよいガイドラインになりそうです。

 

www.hayakawabooks.com

 

 ここでは「架空の人物は存在しないが、架空の関係性は実在する」という「Radical Strong Yuri」と、「他者がどのような心を持っているか、どのようなことを考えているかということを理論上で解釈」し、「実在者の関係性さえも虚構になる」という「Radicak Weak Yuri」が対となる存在として語られています*1

 これは2018年の9月に公開された記事ですが、それから一年ほど経ったいま、「Radical Strong Yuri*2」と「Radicak Weak Yuri」の実践であるかのような『裏世界ピクニック4』と『大絶滅恐竜タイムウォーズ』が同時発売というのは、すごいことですね。

 ここまで長々と書いてしまいましたが、正直「Radicak Weak Yuri」は全然理解できた気がしません。『大絶滅恐竜タイムウォーズ』もRWYを実践した作品というより、RWYを説明する作品なのでは?と頭グルグルしています。

 ……「幽世知能」読むか。

*1:「」内は全て記事中からの引用。

*2:『裏世界ピクニック』以外のRSYの例として、『ソードアート・オンライン』を思いつきました。SAOはVRゲームの物語ですが、すべてが虚構のなかでも、ゲーム内で築いたプレイヤー同士の絆は実在だと語られていたと思います。百合ではないですが。