汗牛未充棟

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珪素『異修羅Ⅲ 絶息無声禍』感想――ついに始まる六合上覧。がんばれ、ハルゲント!

 人間の剣豪、鳥竜(ワイバーン)の冒険家、森人(エルフ)の術士など、様々な種族・職種の「修羅」たちが「本物の勇者」の座をめぐって激突する『異修羅』。3巻の「絶息無声禍」を読みました。

 

異修羅III 絶息無声禍 (電撃の新文芸)

異修羅III 絶息無声禍 (電撃の新文芸)

  • 作者:珪素
  • 発売日: 2020/08/12
  • メディア: Kindle
 

 

 物語の前半「五節 絶息無声禍」では、勇者に倒されたとされているものの、一向に正体の分からない「本物の魔王」や、その魔王が果てたとされる「最後の地」にまつわる謎が探られるとともに、残る修羅たちが登場します。
 そして後半の「六節 六合上覧Ⅰ」では、勇者を決めるための十六人の修羅たちによるトーナメント戦が始まりました。

 

 以下、ネタバレ感想となりますので、万が一『異修羅』を未読のままこの記事にたどり着いてしまったという方がいらっしゃれば、是非1巻の「新魔王戦争」を手にとってみてください。損はさせませんので。

 

miniwiz07.hatenablog.com

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・全ての敵、シキ

 遂に登場した「本物の魔王」こと”全ての敵、シキ”。『異修羅』の世界観に対してセーラー服というのが、あまりにも異物感があっていいですね。服装からもわかるとおり、シキも「彼方」の世界からの漂流者である「客人」とのこと。

 私は客人がやってくる彼方の世界について、現代日本のような戦争のない比較的平和な世界を想像していました。だからこそ、過度な戦闘力を持つソウジロウのような人物が弾きだされて客人として漂着するのだと。しかし、ソウジロウがユノに語ったことによると、ソウジロウがもといた国は戦争状態にあり、しかもその原因は「相原四季」という人物にあるようです。平和な世界ではなく、戦争が続く過酷な世界だからこそ、ソウジロウやあるいは”黒い音色のカヅキ”のような逸脱した戦闘力をもった修羅が生まれてしまったということかもしれません。

 余談ですが、「シキ」という名前は「四季」つまり「全ての季節」であり、欠けるもののないことを表していて、魔王にふさわしい名前だと思いました。(個人的には森博嗣作品のラスボス的存在、真賀田四季に通じるものがありニヤリとしてしまいます。)

  セーラー服さえ着替えてしまえば見た目は普通の人間と変わらないシキ。こういうキャラクターの怖いところは普通に町中に紛れていて、気づいたら隣にいるかもしれないというところですね。今後再登場するのだとは思いますが、それがどういう形になるのか楽しみです。

 

・集う十六人の修羅たち

 2巻と半分をかけて描かれたプロローグも終わり、とうとう十六名そろった修羅ですが、どうも集った修羅たちとトーナメント登録者の名簿に食い違いがあるようです。

 そのうち第十七卿”赤い紙箋のエレア”が擁立したギルド”日の大樹”首領”灰境のジヴラート”は、”世界詞のキア”の存在を隠しておきたいエレアの目眩ましでしょう。また、”奈落の巣網のゼルジルガ”についてはバックに”黒曜、リナリス”がいることがわかっています。そして”逆理のヒロト”がトーナメント出場枠の2枠を確保して”千一匹目のジギタ・ゾギ”と”移り気なオゾネズマ”を送り込んだため、修羅の一人である”戒心のクウロ”が絡む出場枠がなくなってしまったように思います。さて、クウロは今後どのように活躍するのでしょうか。


・黄都

 戦場となった新興都市や砂漠など、荒涼とした舞台ばかりが描かれてきた『異修羅』でしたが、六合上覧というお祭りを前にして盛り上がりを見せる黄都の描写は作中屈指の華やかさでした。そんな黄都を訪れて、故郷の森とはかけはなれた活気を楽しむ世界詞のキアでしたが、彼女が楽しそうにすればするほど、その先に待ち受けるであろう展開を想像して、勝手に辛くなってしまいます。

  キアを擁立しているエレアの専門は諜報です。トーナメントには代役を立てて、万能の詞術を使うキアを隠し玉として運用する戦術は、いまのところ上手くいっているように思います。ただこの戦術において、素直で純粋すぎるキアの性格だけがミスマッチしているように感じて、不安を感じずにはいられません。正直キアのようなキャラクターは曇らせてなんぼみたいなところもありますが、彼女が幸せな結末を迎えることを祈っています。


・ハルゲントの執着

 ”静寂なるハルゲント”は、自ら擁立した”冬のルクノカ”が、一回戦で”星馳せアルス”と戦えるように”鎹のヒドウ”に迫ります。この場面でのハルゲントとヒドウの舌戦は、圧倒的にヒドウに分があると言わざるを得ないでしょう。大局的な状況把握ができておらず、アルスとの決着にのみ固執するハルゲントのことを、私が十代のときに読んでいたら嫌いになっていたかもしれません。しかし私も社会人になって自身がルールを作る側ではないことを自覚してきた今、どうしてもハルゲントに共感してしまう気持ちがあります。

 そしてハルゲントの要求通り、一回戦の第二試合で鳥竜(ワイバーン)の冒険家”星馳せアルス”と竜(ドラゴン)の凍術士”冬のルクノカ”の対戦が実現します。数々の迷宮を踏破してきたアルスは、生まれながらに持つ3本の腕で様々な武器や魔具を使いこなします。あらゆる道具に適正をもつアルスの実力はルクノカと同じ竜である"燻べのヴィケオン"を圧倒するほどでした。

 しかし対するルクノカはまさに破格の性能を見せつけます。修羅の多くは「〇〇だから強い」「〇〇ができるから強い」というような理由のある強さを誇ります。しかし"冬のルクノカ"に関しては、単純に耐久、敏捷性といった通常のステータスが他を圧倒しており、超常の武器や魔具による攻撃も意に介しません。さらに攻撃に至っては、地形すら変えるような広範囲かつ超強力な凍術を僅か2小節の詠唱で発動します。しかも連続して使用可能という掟破りの性能です。

 アルスの強さをきっと誰よりも信じていたハルゲントだからこそ、ルクノカを擁立するに至ったのでしょうが、結果としてアルスは敗北し、人間の手に負えない修羅が勝ち上がって黄都を脅かしたらどうするんだというヒドウの危惧が正しかったことが証明されてしまいました。自ら擁立した修羅によってアルスを打倒することに成功したハルゲントですが、これが望んでいた結末だとは到底思えません。こうなってしまった以上、ハルゲントにはルクノカを倒すとまではいかなくても無害化し、竜を倒して英雄となるという幼いころの夢を叶えて、アルスに誇れる自分になってほしいです。がんばれ、ハルゲント!