汗牛未充棟

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自殺法 vs. 機密捜査班 罪を立証できるのか!――野﨑まど『バビロンⅡー死ー』

 野﨑まど作品のヒロインというと、やはり一番強烈な印象を残しているのは最原最早ですが、彼女の活動はあくまで映画製作であり、社会的な影響はあまり大きくはありませんでした。

 しかし『バビロン』の曲瀬愛は違います。彼女たちのような逸脱者が社会と対立するとこんなにヤバいことになるのかと、思い知らされます。

 

バビロン2 ―死― (講談社タイガ)

バビロン2 ―死― (講談社タイガ)

 

 

〈あらすじ〉

 新たな行政区「新域」の域長となった斎開化は「自殺法」の施行を宣言し、同時に新域庁舎の屋上から64人もの人間が自殺を図る。

 自殺という行為を肯定する宣言によって世間が混乱するなか、姿を消した斎開化の逮捕を目指し、東京地検特捜部検事・正崎善率いる機密捜査班が立ち上がる。メンバーは新たに正崎付きの事務官となった瀬黒陽麻、事件の発端から協力体制にある所轄の警部補・九字院偲、そして警視庁捜査一課の曲者たち。そもそも斎開化の罪状すら確定しないまま、厳しい捜査が始まる。果たして自殺法は真に悪なのか。

 そして斎と行動を共にしていると思われる謎の女・曲瀬愛の正体を探るため、正崎と瀬黒は彼女のかつての主治医のもとを訪れるのであった。

 

・正崎善という主人公

 正崎はその名が示す通り正義の信奉者ですが、一切の汚れを許さないような青臭い人物ではありません。本来特捜部の検事は新聞記者との接触が禁じられていますが、大学時代の友人である記者の半田と繋がっていたりと、グレーな立ち回りもしています。

 そんな正崎に1巻で求められたのは、不正選挙への加担でした。有力候補者が全員協同しているという域長選挙は、決して私利私欲のためではなく、国家のための行為でしたが、不正であることには間違いありません。正崎はそのことをひとまず受け入れて、不審死の謎を追うことを決めます。
 冲方丁のいう「良心で悪を呑め」というやつでしょうか、そういった度量を持つ人物として正崎は描かれています。

 そんな正崎のもとに新たなヒロイン瀬黒陽麻が現れます。有能であり、かつ高潔な性格である陽麻もまた、悪事を許容することを求める現実に苦悩するのでした。

 ところで男ばかりの味方陣営にようやく登場した女性キャラクターなのですが、それゆえに私は「はいはい、つまり陽麻の正体は曲瀬なんでしょ」と思って読んでいました。なんてひねくれた奴だ……。

 

・自殺法の是非

 正崎たちの捜査が二巻の主な内容ですが、終盤の自殺法の賛否をめぐる公開討論も大きな見どころです。「自殺法」なんて小説の世界でしかありえないだろ、と思いながら読み進めていくうちに何だか説得されてしまいそうで恐ろしいです。

 ということで、自殺法に対する反対意見を自分でも考えてみました。まず現実的な問題として、好き勝手に自殺されたらその後処理が困るということがあります。遺体の処理の問題もありますし、自殺者の所有していた財産の処分など多大なコストがかかってしまうことでしょう。

 また、大きな問題として、死というものの不可逆性があると思います。当然死んでしまったら、生き返ることはできません。誰かに相談すれば解決できるかもしれない問題を抱えた人物が、一時の感情に任せて自殺をしてしまえば、もう取り返しがつきません。特にいじめを苦にしての自殺などは、その後加害者に責任を問われることもなければ、完全にいじめたもの勝ちになってしまいます。

 ……などとつらつら考えてみましたが、今述べたような問題は3巻で解決されてしまうのですよね。本当に”最悪”の物語です。

 

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