汗牛未充棟

読んだ本の感想などを中心に投稿します。Amazonリンクはアフィリエイトの設定がされています。ご承知おきください。

百合もあるよ!――宮澤伊織『迷宮キングダム 特殊部隊SASのおっさんの異世界ダンジョンサバイバルマニュアル!』

 

 
・「迷宮キングダム」とは

 異世界転移(転生)は最近流行の一大ジャンルですが、本作は投稿サイトからの書籍化ではなく、同名のTRPGのノベライズ作品となっています。(リプレイではありません。) あとがきによると、「迷宮キングダム」は2004年にリリースされたテーブルトークRPGで、冒険企画局河嶋陶一朗ゲームデザインを手掛け、漫画家の速水螺旋人と宮澤伊織が半分ずつ世界設定パートを執筆したとのことです。著者のプロフィールを見ると、「魚蹴」名義で冒険企画局に在籍していたとあるので、その時代の仕事の一つということでしょう。

 このゲームの舞台は〈百万迷宮〉と呼ばれる世界で、大地も海も空もダンジョンに飲み込まれてしまっています。そのため人々の交流は著しく制限され、数十人規模からの集団が寄り集まって、それぞれの王国を築いて生活しています。王国の中心人物は「ランドメイカー」と呼ばれ、国王、騎士、大臣、神官などの役職があります。ゲームプレイヤーはこのランドメイカーとなって、自国の領土を拡大していきます。

 本作はこの〈百万迷宮〉世界に転移してしまった主人公・安藤=ギャレット・大河が、英国のSASに所属していた経験を活かしてダンジョンを生き延び、自身の国を築いていく物語です。

 

〈あらすじ〉

 つまらない事件で英国特殊空挺部隊(SAS)を引退することになった日系イギリス人・安藤=ギャレット・大河は、里帰りの途中、羽田空港で謎の暴漢に襲われる。ウツボ頭とトカゲ頭の暴漢と対峙中に地震に巻き込まれたタイガは、気付くとダンジョンの中にいた。

 ダンジョンの中で行き倒れていた青い髪の少女・ミズホを助け、彼女の住む国を訪れたタイガだが、そこは前代未聞の大規模な迷宮嵐によって崩壊状態にあった。SAS時代に培ったサバイバル技術を駆使して生き残った人々を助けるタイガは、次第に人々の信頼と人望を集めていくのだった。

 

・元特殊部隊の主人公

 私自身異世界ものはあまり読まないのであまり知ったふうなことは言えないのですが、異世界に転移した主人公が、現代の技術を駆使して異世界で活躍するというのは、異世界もののお決まりのパターンだと思います。そこには主人公を持ち上げるために、異世界の人々を愚かに書きすぎているのではないかという批判がついてまわりますが、本作についてはその辺の処理が上手いなと思いました。

 異世界では異世界での文化というものが当然発達しており、〈百万迷宮〉の世界では魔導士の飼う鬼火によって火が供給されていたようです。その魔導士がいなくなってしまうというのは、現代の私たちがガスや電気などのインフラから切り離されてしまうのと同じような状況でしょう。そこでタイガのサバイバル技術が活きてきます。

 また、戦闘面でタイガが無双しないところもバランスが取れてると感じました。もちろん対人戦闘で敵はいないでしょうが、〈百万迷宮〉でタイガが相手にするのはゴブリンやトレントなどのモンスターたちです。〈百万迷宮〉についての知識も乏しいタイガは仲間たちと協力してダンジョンを攻略していきます。

 ですが、重火器の類が手に入ればまた状況が変わるかもしれません。〈百万迷宮〉の世界にもなくはないようなので、今後が楽しみです。

 

・百合もあります!!

 ところで私は著者の男性主人公の小説を読むのは初めてで、今回百合要素はないかもしれないと思っていたのですが、さすがは百合によって人間になった宮澤伊織*1、どうやら私の杞憂だったようです。

 盗みによって投獄されていた〈訳ありの〉トローチが、語り部の少女ミズホに割とストレートな好意を示しては相手にされないといった様子が何回か見られますが、主人公のタイガが二人の関係に特に興味がないのか、あまり掘り下げられません。ミズホからトローチに対して「今度こそ手籠めにしようとしたんじゃないの?」*2という台詞もあり、何がったのか非常に気になるのですが、いったい……。これが「観測されない百合」というものなのでしょうか。

 

迷宮キングダム 基本ルールブック

迷宮キングダム 基本ルールブック

 

 

・ちなみに
 異世界転移ものにはどうしても言語の問題がつきまといます。私としては特に説明なく異世界人が日本語を話していてもそれはそれでいいと思うのですが、何らかの設定でクリアする作品も多いようです。最近読んだものだと、『十二国記』シリーズでは、普通の海客(転移してきた人のこと)は言葉が通じませんが、本来異世界で生まれるはずだった主人公は異世界の言葉を無意識に使えるという設定でした。

 〈百万迷宮〉でも最初は日本語が通じませんが、ミズホの持つアイテムで「バベル鳥」がタイガの体から抜け出すと、言葉が通じるようになります。こうしてみると、バベルの塔の神話は異世界ものにとってなんてありがたい神話なんだろうと思います。