汗牛未充棟

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『ピュア』小野美由紀――驚異のPV数を獲得した短編が書籍化!生と性を巡る官能SF短編集。

 2019年の5月に早川書房のnoteにアップされたところ、20万を超えるPVを獲得し同noteの歴代アクセス数1位となった「ピュア」。

 愛する人ともっと話したい、だけどそれよりも、交わった果てに食べてしまいたい。そんな究極の葛藤を描いた表題作のほか、「性」と「生」を巡る物語が計5編収録されています。

 

ピュア

ピュア

 

 

〇「ピュア」

 遺伝子操作の結果、女性だけが身体的に進化した未来の世界。女性は強靭な肉体を得た代償に、性行為をしたあと相手の男性を食べなければ妊娠できない身体になってしまいました。女学生たちが集められた人工衛星ユングで暮らし、月に一度荒廃した地球に降りて、肉体労働に従事する男性を”狩る”。そんな普通の女子校生であるユミは、あるとき地球で出会った少年・エイジに恋をしてしまいます。

 エイジと交わって食べてしまいたい(比喩でなく)という肉体的な欲求と、エイジと逢瀬を重ねたいという感情のジレンマで葛藤するユミ。SFな設定こそとっつきにくく思えるかもしれませんが、性に基づく肉体的な欲求と、それを制御しようとする理性の板挟みとなる苦しみは、普遍的なテーマと言えるのではないでしょうか。

 エログロのレッテルを貼られることもあるかもしれませんが、エロもグロも物語に必要な描写であり、ただただ過激さだけを売りにするような作品ではありませんので、「エログロはちょっと……」という方にもおすすめです。

 また、本作の個人的な推しポイントは帯にあります。帯の裏側には、「ピュア」本文から抜粋され台詞が書かれています。

 誰もさ、オトコだってコドモだって、私たちの身体の中に、入ることなんて、できないんだよ(p.42)

 この台詞から、あなたはどのようなメッセージを読み取るでしょうか。私の場合は、どんなに望んだところで母親の胎内には戻れない、つまり、全てのしがらみや責任を放り出して絶対的な母性に庇護される存在に戻ろうとしてもできない、という意味に捉えました。今思うと、非常に主観的で男性的な考え方だったなと思います。

 いざ本文で該当箇所に出くわすと、これが思っていたのとはまったく違う文脈で語られていて、しかもそこには私の知らない価値観があって、驚きと感動がありました。これこそ読書の醍醐味ですね。

 さて、自分だったら愛する人を食べたい(食べられたい)か問題ですが、男の私としては食べられたくはないです。(死にたくないので。)

 ただ、自分がこのピュアの世界に生まれていたらと考えると、地上でこき使われていたところで何も為せそうにもないので、いっそのこと誰かに食べられて、「いのちを繋いだんだ」と、何かを為した気になって死にたいかなと思います。

 

〇バースデー

 性変容(トランスフォーム)技術で、幼馴染が急に男になって現れたら、という物語。公開されているあらすじでは、主人公の性別が分からなくて気になった記憶があります。同性が異性になったのか、異性が同性になったのかで、物語の雰囲気も随分変わるのではと思ったのですが、同性(女)の幼馴染が異性(男)に変わったパターンでした。

 元の姿に戻ったのだという幼馴染に対して、主人公は女同士でずっと一緒に過ごしてきた時間を否定されたように感じ、すれ違ってしまいます。恋愛小説は普段あまり読まないので、二人の気持ちの変化に、素直にドキドキしながら読むことができました。個人的に一番お気に入りの短編です。

 

〇To the Moon

 「月人」の遺伝子が色濃く発現した人間は、17歳前後になると突然全身の細胞が月人化し、全ての記憶をなくして月へと飛んで行ってしまう。主人公の望は、そうして月人となって月へ登って行ってしまった親友の朔希と、十年ぶりに再会します。

 ストーリーの中身は全然違いますが、父親に虐待される少女と、その唯一の友達というキャラクターの配置に『マイ・ブロークン・マリコ』を思い出しました。ただし、こちらは虐待される側の女性が主人公となっています。

 作品への安易なレッテル貼りは、宣伝として有効に働く場合もあれば、その逆もあるかと思います。この『ピュア』という短編集は後者だと思うので、ここでこっそり述べますが、この「To the Moon」、百合SFでした。最後の二人の選択が胸にきます。

 ちなみに、個人的なジャッジでは「ピュア」も「バースデー」も百合SFといって差し支えないでしょう(ガバガバ)。

 

 そのほか、古代人の凍結精子と結合させるため、卵巣を提供することを父親から求められた女性の屈折した愛を描く「幻胎」と、「ピュア」のスピンオフである「エイジ」を合わせた計5編が収録されています。