汗牛未充棟

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冲方丁『アクティベイター』――圧倒的濃度の逃走・格闘・陰謀!500頁超のノンストップ・サスペンス!【レビュー】

 突如として日本の領空に現れ、羽田空港に着陸した中国のステルス爆撃機。搭乗していた女性パイロットは日本への亡命を希望するが、その爆撃機にはとある”積荷”が載せられていた。

 パイロットの身柄を巡る熾烈な格闘・逃亡劇と、事件の背後にある陰謀を暴くポリティカル・サスペンス。この両輪が『アクティベイター』の魅力ですが、本作の導入部分は、2008年に刊行された同著者のオイレンシュピーゲルWag The Dog』の展開をなぞっています。もちろんただの使い回しではなく、シュピーゲル4巻とはまた違った物語が描かれるわけですが、本作についてはシュピーゲルから”ライトノベル”の要素を抜いたものというのが、個人的な所感です。では、その抜けあとに入ったものはなんだったのでしょうか。

 

アクティベイター (集英社文芸単行本)

アクティベイター (集英社文芸単行本)

 

 

 物語は、二人の主人公の視点を交互に繰り返しながら進行します。一人目は、とある特殊な経歴を持ちながら、いまは民間の警備会社に勤める真丈太一。そしてもう一人は彼の妹の夫、つまり義弟である警察庁警備局の警視正鶴来誉士郎です。

 警備会社の上客である投資家の楊立峰の通報を受けて、彼の自宅に向かった真丈は、そこで瀕死の立峰を発見します。「捕まえろ」という彼の言葉を受けて、二人の中国人の殺し屋を制圧した真丈でしたが、そこに中国大使館の外交官を名乗る周凱俊という男が現れ、事件を揉み消してしまいました。自らの命も省みない立峰の覚悟に報いるため、真丈は周の追跡を始めます。

 一方、ステルス爆撃機の到来に混乱する羽田空港に派遣された鶴来は、ひとまず現場の主導権を握ります。しかしそこに防衛装備庁、外務省、経済産業省など各省庁から様々な人物が集まり、主導権と有事の際の責任の所在を巡る組織間の駆け引きが始まります。そんななか鶴来は、爆撃機には核が積まれているという驚愕の事実をパイロットから告げられますが、その直後、パイロットの移送中に彼女は拉致されてしまうのでした。

 

 そして周を追っていた真丈が、偶然そのパイロット、楊芊蔚(セン)を確保したことで、二つの事件は一つになり、真丈と鶴来はともに巨大な陰謀に挑むことになります。

 

 さて、「中国のステルス爆撃(戦闘)機」「亡命を希望するも、拉致される女性パイロット」など『オイレンシュピーゲル肆』と共通する部分があり、両者の違いは"ライトノベル"の要素の有無ではないかというのは、冒頭で述べたところです。『オイレンシュピーゲル』は角川スニーカー文庫、『アクティベイター』は集英社のハードカバーなので、両者の違いを「ラノベかどうか」で表すのは、トートロジーめいた言い方になってしまいますが、この場における"ライトノベル"とは、「少年少女の成長物語」を意味します。

 まず『オイレンシュピーゲル』とは2007年から2008年にかけて角川スニーカー文庫から刊行された作品であり、『スプライトシュピーゲル*1テスタメントシュピーゲル*2と合わせて「シュピーゲルシリーズ」と呼ばれています。舞台は近未来*3の国際都市・ミリオポリス。様々な事情で手足を失った少女たちが機械の義肢を与えられ、治安組織の一員としてテロと戦います。『オイレンシュピーゲルWag The Dog』では、ミリオポリスの空港に中国のステルス戦闘機が突然着陸し、亡命を求めてきた女性パイロットの身柄と戦闘機をめぐって、ミリオポリスの各治安組織と、パレスチナ系の武装組織、そして中国の工作員たちが三つ巴の闘争を繰り広げます。

 そして事件の傍らで、もう一つの軸として描かれたのが、主人公・涼月の成長の物語です。涼月は作中でことあるごとに、まだ自分が子供であることを突き付けられます。そして武装組織に潜入していたCIAのパトリックとともに敵と戦いますが、彼に自身の劣等感を指摘されてしまうのでした。そしてパトリックに導かれながら劣等感と向き合う術を学び、それに飲み込まれることなく、正しく力を振るうようになります。
 
 一方の『アクティベイター』は成熟した大人が主人公です。格闘能力や人心の把握・掌握技術など二人とも一流の技術を持っており、それを無闇に振るう未熟さもありません。しかし成長中の涼月が常に前を向いているとしたら、真丈や鶴来は妹(妻)の死という過去にとらわれ、後ろを見ているように感じます。特に真丈はパイロットのセンに妹の姿を重ね、自ら事件に飛び込んでいるような節もあります。この相違が二つの物語に異なる印象を与えているように思います。

 また、涼月には彼女を導く頼もしいパートナーがいましたが、真丈はツーマンセルが基本と言いながら、好んで単独行動をとります。信頼できる義弟は電話の向こうにいるため(こちらはむしろ涼月と鳳の関係を思わせます)、何らかの事情を抱えたパイロットのセンの信頼を得て、パートナーシップを築けるかというのも見どころの一つです。

 ぜひ500ページ超をノンストップで展開する逃亡・戦闘・陰謀に翻弄されながら、彼らがどのような未来を手にすることができるのか、見届けてください。

*1:2007-2008 富士見ファンタジア文庫 「オイレン」と同時進行で語られる、別の組織の物語。

*2:2009-2017 角川スニーカー文庫 「オイレン」と「スプライト」が合流した物語。

*3:といっても作中の時代設定は2016年ですが。