汗牛未充棟

読んだ本の感想などを中心に投稿します。Amazonリンクはアフィリエイトの設定がされています。ご承知おきください。

森博嗣『君たちは絶滅危惧種なのか?』――動物園から消えた動物の正体は?未来を演算するWWシリーズ第5弾!

 


 科学の発展によって不老・長寿命を得た代わりに、生殖能力を失った人間。人工的につくられた人間・ウォーカロン。そして人工知能が共存する未来の社会を書いたWWシリーズ。その5作目となる本作は絶滅がテーマとなっている。

 クローン技術や、ヴァーチャルでの再現技術が発達したとき、果たして何をもって絶滅と言えるのだろうか

 

 ここでシリーズの登場人物についておさらいをしておくと、主人公のグアトは元々日本の研究者だった。前作のWシリーズでは、その研究内容が、肉体的にはまるで差異のない人間とウォーカロンの判別を可能にするものだったために、様々な事件に巻きこまれることになる。WWシリーズでは研究から手を引き、名前を変えてドイツで楽器職人として生活している。

 グアトのパートナーのロジも、Wシリーズでは日本の情報局員としてグアトの警護を行っていたが、現在は休職し、グアトとともに暮らしている。

 半ば隠遁生活を送る二人だったが、その経歴ゆえに、ウォーカロンに関わる事件が起きるとアドバイザーとして駆り出されるというのが、WWシリーズでの基本的な展開。今回グアトが遭遇するのは、動物のウォーカロンにまつわる怪事件だった。

 

 依頼主はドイツの情報局。彼らによると、とある自然公園の湖岸で重傷の男性が発見されたが、どうやらその傷は人間業とは思えないものだったらしい。そして、実はその事件の一か月前に、近くの動物園でスタッフが一名死亡し、その際に何らかの動物が行方不明になっているというのだ。

 しかもその動物は何者かに電子的にコントロールされた形跡があるらしい。そこで残された通信データから、その動物がナチュラルな存在か、動物のウォーカロン、つまり人工的に生み出されたものなのかを判別してほしいというのが、グアトへの依頼内容だった。そんなもの、動物園の職員に聞けばよさそうなものだが、動物園側にはその動物の正体を明かせない理由があるようだった。

 調査の途中、湖岸のレストランで食事をしていたグアトたちは、水中から現れた謎の巨大生物が、デッキにいた客を襲う場面を目撃する。いったい動物園は何を飼育していたのだろうか。

 

 未来の社会をシミュレートしているかのような本シリーズだが、この社会では人間社会と共存していた動物が、その数を大きく減らしているようだ。

 培養肉の普及によって家畜は取って代わられ、犬や猫などのペットも感染病の流行で数を激減させた。今ではロボットがその役目を果たしているらしい。全世界的に来場者数を減らしている動物園も、公開している動物はほとんどロボットだという。

 しかし、ヴァーチャルの動物園には数々の動物が再現されており、盛況なのだという。しかも、この時代の技術ならば、細胞さえ保存されていれば、そこからクローンを作ることができる。そのような環境において、種の絶滅とはいったい何を指すのだろうか。

 プロローグにおいて、「自然界にその個体が存在しないこと」を一般的に絶滅というのだと提示されるが、読み進めるうちに、だんだんとその認識を揺らいでいく。

 さらにその問いは人間にまで向けられる。人類すべてと言わずとも、ある個人が頭脳の活動を全て電子化して肉体を捨てたとき、その個人は生きていると言えるのだろうか。それはやがて、生きていることの価値とは何かという問いへと繋がっていく。このような問いにグアトは何らかの答えを見つけることはできるのだろうか。

 

 「人間」というものが新たな存在へとシフトしていく、その過渡期を描いているかのようなこのWWシリーズも恐らく折り返し地点。後半もどんな社会が示されるのか楽しみだ。

 

次:森博嗣「リアルの私はどこにいる?」――ヴァーチャルへログイン中に消失したリアルの肉体の行方は。未来を演算するWWシリーズ第6弾! - 汗牛未充棟