汗牛未充棟

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森博嗣『歌の終わりは海 Song End Sea』――終わりを自ら決めることは、幸せなのだろうか

 

 探偵業を営む小川のもとに浮気調査の依頼が舞い込む。調査対象は高名な作詞家である大日向慎太郎。彼の邸宅の敷地には実姉が暮らす離れが建っており、「姉が恋人」とも噂されていた。調査を続けても一向に浮気の兆候を見せない大日向だったが、やがて邸宅の敷地内で死体が発見される……。
 
 小川と加部谷の探偵コンビを主人公に据えた作品は『馬鹿と嘘の弓』に続き2作目となるが、作者本人が運営するホームページ「浮遊工作室」の作品紹介ページでは、ノンシリーズ作品に分類されている。"シリーズになるのかどうかは、読者が求めているかどうか、だと思います。"*1とのことなので、反響次第では独立したシリーズになるかもしれない。
 その作品紹介ページでは本作について「『探偵もの』を素直に書いた*2」とも述べられている。ここでいう「探偵もの」とは、ミステリー作品によくある、難解なトリックや不可能犯罪を看破するような名探偵ではなく、現実的な探偵の姿を描くことを意味しているのだろう。
 実際、本作における探偵コンビの活動は、浮気調査のための監視や尾行であり、解くべき謎もハウダニットではなく、どうして彼/彼女はあんな不可解な行動をとったのかというワイダニットに重点が置かれる。
 
 そんな小川と加部谷が、筋は通っているが、現代社会の価値観とは相容れない考え方をもった人物と対峙することになるのが、このシリーズの基本構成のようだ。(まだシリーズ化はしていないが)
 今作でもプロローグで「自由に死ぬことができたら、どんなに幸せだっただろう」と、ある登場人物がモノローグで語っている。今後、今より不幸になっていくことが決まりきっているならば、どうして今幸せなうちに死を選んではいけないのだろうか。つまり「自殺の是非」が今回のテーマとなっている。この問いかけに小川や加部谷は、自身の人生を振り返りつつ向き合うことになる。
 
 個人的なハイライトは加部谷恵美の暮らしぶりが分かるシーンだ。その姿につい胸が苦しくなってしまうが、前シリーズからの読者には是非読んでいただきたい。