汗牛未充棟

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阿良々木暦VS.西尾作品ヒロインズ――西尾維新『混物語』

 

混物語 (講談社BOX)

混物語 (講談社BOX)

 

 

 西尾維新による〈物語〉シリーズの番外編。本作は、劇場版『傷物語 鉄血編』から『冷血編』までの来場者特典の短々編小説12編に、書下ろし3編を加えたものとなっている。内容としては、阿良々木暦が他シリーズのヒロイン(例外あり)と遭遇し、時には協力、時には敵対することになる。阿良々木暦が別作品のキャラクターと絡んだとき、いったいどんな化学反応が生まれるのか、特典にふさわしいファン向けのお祭り小説といえるだろう。

 

〇鉄血編
 もう少し詳しく内訳を見ると、第一弾「鉄血編」では〈忘却探偵〉シリーズより掟上今日子が登場する「きょうこバランス」、〈最強〉シリーズより哀川潤が登場する「じゅんビルド」、〈伝説〉シリーズより地濃鑿が登場する「のみルール」、〈美少年〉シリーズより瞳島眉美が登場する「まゆみレッドアイ」が配布された。哀川潤はもちろん〈戯言〉シリーズ初出のキャラクターだが、他の面子を見るに〈最強〉シリーズからの登場とみていいだろう。つまり新しいシリーズ作品からのゲストキャラクターである。
 この中で特に注目すべきは「まゆみレッドアイ」だろうか。この四人の中で作品中の語り部役は哀川潤と瞳島眉美の二人だが、前述のとおり哀川潤は〈戯言〉シリーズや〈人間〉シリーズの登場人物でもあるため、四人の中で眉美だけが初めて他者の視点から描かれることになる。男装キャラクターということで、その外見が暦にどう映るかというのも注目ポイントだ。まあ、本人的なトラウマレベルの悲劇になってしまったようだが…。また、瞳島眉美といえば性格の悪さも特徴だが、前話の地濃鑿がストレートに性格の悪いやつだったことに比べて、眉美は性格の「暗い」やつだったという印象である。美少年探偵団のメンバーに吐く暴言も信頼の証なのだろうか。

 

〇熱血編
 続けて劇場版第二弾「熱血編」では〈世界〉シリーズより病院坂黒猫が登場する「くろねこベッド」、〈りすか〉シリーズより水倉りすかが登場する「りすかブラッド」、〈刀語〉シリーズより否定姫が登場する「ひていクリア」、〈人間〉シリーズより無桐伊織が登場する「いおりフーガ」が配布された。通称レジェンド編である。
 いや、これは大丈夫なのか?アニメとしての〈物語〉シリーズのファンには知らないやつばっかりだったのではないだろうか。しかもアニメ化して『刀語』からのキャラクターを1週目に持ってくればいいものの、まさかの黒猫さんである。そして開幕からあのとんでものない台詞量である。なんだか読んでいるこちらが試されているような気になってくる。
 しかしそうは言っても、過去シリーズのキャラクターにもう一度会えるのは読者としては嬉しい限りだ。この四編から個人的に注目したいのは「りすかブラッド」である。「まゆみレッドアイ」と合わせて中学生までの女子を目の前にした阿良々木暦がいかに危険人物であるかがよくわかる短編だった。

 

〇冷血編
 そして劇場版第三弾「冷血編」からは4編すべて〈戯言〉シリーズからの登場となった。萩原子荻、紫木一姫、西条玉藻が登場する「しおぎレンジャー」。千賀あかり、千賀ひかり、千賀てる子が登場する「あかりトリプル」。匂宮理澄、匂宮出夢が登場する「りずむロックン」。そして葵井巫女子、江本智恵、貴宮むいみが登場する「みここコミュニティ」が配布された。
 なんと言っても注目は「みここコミュニティ」だろう。このエピソードの時系列は暦の大学時代となっており、暦はひたぎ、育とともに合コンに参加することなる。彼女と幼馴染を引き連れて合コンとはいったどんな大学生活なのかだろうか…。しかし更に問題なのは合コンの相手グループである。二次会でカラオケ店へと向かった彼らは二部屋に分かれることとなる。その片方のグループが暦と巫女子ら三人であり、もう片方のグループが戦場ヶ原ひたぎ老倉育、宇佐美秋春と、そしてやたらと暗くて無口な”彼”なのであった。お話の本筋はもちろん暦たちのグループなのだが、「ひたぎさん、育さん早く逃げて!そいつと関わらないで!」と言いたくなるのも無理はないだろう。それはそれとして、久しぶりに巫女子の”『○〇〇〇、ただし〇〇〇〇』みたいな!”という決まり文句を聞けて感無量である。

 

〇書下ろし
 今回書下ろしの3編は〈伝説〉シリーズより空々空が登場する「くうインビジブル」、〈美少年〉シリーズより札槻嘘が登場する「らいルーレット」、〈戯言〉シリーズより想影真心が登場する「まごころフィニッシャー」というラインナップになっている。空と真心はともかく嘘はどういう人選なのかと驚かされたが、その意味はあとがきで明かされるので参照されたし。
 注目すべきは「終り」を司る存在、想影真心だろう。「まごころフィニッシャー」にて暦は〈戯言シリーズ〉についてメタな言及をしている。曰く「青色サヴァン戯言遣いを中心に据えたあの無機質な世界観が、きっちり一桁で完結してみせた事実は、奇跡に他ならない」。確かに何度最終回を迎えても終わらない〈物語〉シリーズを踏まえて考えれば、よくぞ完結したものである。そしてその終りをもたらしたのが、想影真心という存在である。〈物語〉シリーズは『混物語』のあとも『余物語』が予告されているが、恐らく暦が大学生のときの物語となるだろう。つまり、シリーズ全体で最も新しい時間軸の物語は暦の渡米時代を描いたこの「まごころフィニッシャー」ということになる。特典小説のパラレルワールドと言ってしまえばそれまでだが、果たして本編で渡米中のストーリーやその後が描かれるのか、それとも〈物語〉シリーズすら真心の登場で終わりとなるのか。最後までこのシリーズを追いかけていきたい。