汗牛未充棟

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探偵たちの物語――森博嗣「Xシリーズ」part 2

※若干のネタバレ注意※


 森博嗣の探偵小説「Xシリーズ」。不在がちな店主に変わって「SYアート&リサーチ」を切り盛りする小川令子、「SYアート&リサーチ」に入り浸る芸大生の真鍋瞬一、彼らを中心に少しレトロな雰囲気で展開する、2007年にノベルスで第1巻『イナイ×イナイ』が刊行されたのち、2017年に第6巻『ダマシ×ダマシ』が刊行され、無事完結した。

 現実時間では10年をかけて完結したが、作中での経過時間は5年となっている。作中の5年間で登場人物たちは確かに成長し、それぞれに自身の進む道を決めて歩みだした。
 振り返るとこのXシリーズは彼らのモラトリアムを描いていたように思う。小川はとある事情で失職したところをSYアート&リサーチの所長・椙田に拾われ探偵業を始める。椙田がほとんど事務所に顔を出さず、実質小川が事務所を仕切っていたとはいえ、椙田の庇護下にあるような状態だったが、最終巻において遂に彼女は独立し自ら選んだ道を歩き始める。真鍋に関しては言わずもがな、『イナイ×イナイ』の時点で大学3回生だったのにまさかその後5年も大学生を続けるとは思わなかったが、最終巻で大きな決断をした。

 真鍋の決断について、まさか二人の関係がそこまで進展しているとは、読者の立場からはとても驚いてしまったのだが、これも森博嗣作品の魅力の一つだろう。人間関係が変化するとき、常に何かの事件が起きているわけでは決してない。協力して危機を乗り越えたときに深まる絆もあれば、日々同じ時を過ごすうちに自然と深まる絆もあるだろう。SYアート&リサーチの同僚である小川と真鍋、同じ大学に通う真鍋と永田、同業者として協力し合う小川と鷹知など。時間の経過とともに自然と移ろっていく人間関係の描写も素敵なシリーズだった。

 

 

ムカシ×ムカシ REMINISCENCE (講談社文庫)

ムカシ×ムカシ REMINISCENCE (講談社文庫)

 

 
 SYアート&リサーチはアルバイトとして真鍋の友人である永田を迎え、百目鬼という旧家で美術品の整理と鑑定を行っていた。百目鬼家は大正期に百目一葉という有名な女流作家を輩出した家柄だが、彼女の息子夫婦が何者かに殺害されたため、相続の関係でSYアート&リサーチに声がかかったのである。しかし遺品の鑑定も終わらないうちに、百目鬼の親族から新たな死者がでてしまう。果たして犯人の目的は、百目鬼家に伝わる河童の言い伝えは何を示すのか。

 

 

サイタ×サイタ EXPLOSIVE (講談社文庫)

サイタ×サイタ EXPLOSIVE (講談社文庫)

 

 
 SYアート&リサーチが匿名の依頼人から受けた仕事は、とある男性の素行調査だった。男の名前は佐曾利隆夫。どうやら佐曾利は一人の女性をストーキングしているらしい。佐曾利の調査を続けるうちに、小川たちは佐曾利が世間を騒がす連続爆弾魔の正体なのではないかと疑い始める。そしてついに殺人事件が発生する。佐曾利はなぜストーキングを続けるのか、そして依頼人正体はいったい…。

 

 

 
 小川がSYアート&リサーチ勤め始めて5年が経ち、事務所のメンバーもそれぞれに岐路に立っていた。そんな中事務所に舞い込んだのは結婚詐欺にあった女性からの依頼。調査を始めると、その詐欺師は同時に複数の女性を騙していたことが明らかになった。小川は詐欺師の行方を追うが、調査の甲斐なく詐欺師は死体で発見される。彼が騙した女性に復讐されたのか、それとも他に事情があるのか。
 すべての謎が明らかになった時、森博嗣作品の連環がまたひとつ顕わになる。