汗牛未充棟

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2019.6 読了本まとめ

 一年ほど前、行きつけの喫茶店を開拓しようと思い立った。

 善光寺のほど近くにあるそのお店は、古民家を改装した造りになっていて、1階は古本屋、2階は喫茶店として営業していた。喫茶店スペースは民家のダイニングとほとんど変わらないような空間で、デザインされたお洒落さはないものの、非常に落ち着く空間だった。
 そのお店には月に2回ほどのペースで通っていた。店主の女性にもどうやら顔を覚えてもらえたようで、一言二言会話をすることもあった。

 しかし転勤の影響もあって半年ほどお店に行くことができず、この前久しぶりにその喫茶店を訪れた。
 店主は自分のことを覚えてくれているだろうか。もちろん覚えていてもらえたら嬉しいのだが、「お久しぶりですね、お変わりありませんか」とか声をかけてほしいわけではないのだ。
 常連としての認知は欲しいが、店主と会話を楽しみたい訳でもないし、ましてや自分のことを詮索されたくない。そんなコミュ障っぷりである。
 どうなるかと少し緊張しながらドアを開けると。「ああ、こんにちは。いらっしゃいませ」と普通の対応だった。いろいろ考えて身構えていたが、どうやら自意識過剰な杞憂だったらしい。

 そんな6月は6冊読了した。早川書房から気になる本が次々出版されるので、ペースを上げていきたい。

 

 

6.2 三田誠『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿10 「case.冠位決議(下)」』

https://miniwiz07.hatenablog.com/entry/2019/06/16/172125

 


6.6 円居挽FGOミステリー 翻る虚月館の告解 虚月館殺人事件』星海社FICTIONS
FGOミステリー 翻る虚月館の告解 虚月館殺人事件 (星海社FICTIONS)

FGOミステリー 翻る虚月館の告解 虚月館殺人事件 (星海社FICTIONS)

 

 アプリゲーム『Fate/GrandOrder』内で2018年の春に行われたイベント「虚月館殺人事件」のノベライズが本書となる。このイベントは「春のミステリーフェア2018」と題された企画の一環であり、イベントシナリオはミステリー作家の円居挽が外部から招聘され筆を執った。このノベライズも円居氏本人が書いており、書き下ろしイラストも合わせてイベントの内容を楽しむことができる。
 私は円居作品は初めて読んだが、「普段小説は読まないけれどFGO経由で手に取った」という読者を想定しているのか、とても読みやすく親切な小説だと感じた。本作のミステリーとしての肝は叙述トリックであるが、序盤でどういう仕掛けがされているのか一例を示し、読者(プレーヤー)が謎解きに参加しやすいように誘導している。単にゲームのノベライズというだけでなく、叙述トリックの入門編としても楽しめる1冊になっている。
 またイベントをプレイ済みの読者に対するサービスも抜かりない。最後まで読めばゲームでは体験できない取って置きのサプライズが待ち受けるだろう。
 最後に、これから読む人は絶対に挿し絵を先に見ないこと!

 

 

6.8 津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』ハヤカワ文庫JA
ヒッキーヒッキーシェイク (ハヤカワ文庫JA)
 

 それぞれの事情を抱えた年齢も性別も様々な4人の引きこもり。カウンセラーの竺原は彼らに声をかけ一つのプロジェクトを立ち上げる。その目的は「不気味の谷」を越えて人間を創るといういうもの。竺原が呼ぶところの「ヒッキー」たちはそれぞれのスキルを駆使してプロジェクトに参加するが、真意の見えない竺原は何やら暗躍を始める…。
 タイトルは引きこもり(ヒッキー)たちを掛け合わせる(シェイクさせる)ことを表していると思われるが、シェイクされるのはヒッキーたちだけではない。作中の視点人物や場面も次々にシェイクされ、物語は展開する。様々な人物の視点で描かれることによって、次第にプロジェクトの全貌が見えてくる様が面白い。
 竺原に見出されたヒッキーたちは、次々と与えられる課題に取り組んでいく。そしてその活動や、それを通した出会いを経て、自らの内面や生活を変化させていく。私は引きこもりではないけれど、新たな挑戦へと一歩踏み出す勇気をもらえる一作だった。
 また、引きこもりの描写がステレオタイプではなく、取材に基づいて描写されているのも良い。引きこもりと一口に言っても、部屋から一歩も出れないのか、コンビニに行くぐらいはできるのかなど、状況は様々。作中のヒッキーたちにもそれぞれの生活スタイルがあり、丁寧に設定されている。
読んだあとに、新たな挑戦をするために、一歩踏み出す勇気がもらえる一作だった。

 

 

6.20 円居挽FGOミステリー 惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』星海社FICTIONS
FGOミステリー 惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件 (星海社FICTIONS)

FGOミステリー 惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件 (星海社FICTIONS)

 

  同日発売された『虚月館殺人事件』と同じく、アプリゲーム『Fate/GrandOrder』のノベライズ作品。期間限定イベント「惑う鳴鳳荘の考察」は2019年の5月半ばから末まで配信され、シナリオは『虚月館』と同じく作家・円居挽が書き下ろした。
 2回目となるミステリイベントだが、主人公が実際に事件に巻き込まれた『虚月館』とは異なり、今回起きる殺人は劇中劇の中で発生する。とある事情で映画撮影をすることになったカルデア一行は、紫式部を監督・脚本に据え撮影を始める。しかし、肝心の紫式部が脚本をアウトプットしないうちに昏倒してしまうのであった。タイムリミットが迫る中、演者たちは先の展開を予想しながら撮影を続行する…。つまり今回推理するのは事件のトリックではなく与えられた脚本の「続き」なのである。プレーヤーの中には米澤穂信の『愚者のエンドロール』を連想する人も多かった。
 ちなみに紫式部が昏倒した件については推理するまでもなく犯人は発覚する。(カルデア内の不祥事は、モリアーティ、カエサルパラケルスス天草四郎、と順番に問い詰めていけばだいたい解決するのである。)
 イベントの終盤には映画の出演者に扮した英霊たちがそれぞれの脚本を作り、プレーヤーの投票で一つの結末を選ぶという展開になった。イベント終了後にはアーカイブで投票で落選したシナリオも読めるようになったが、私のようなものぐさには小説ですべてのシナリオを一気に読めたのはありがたい。また、ノベライズ限定のエピローグも抜かりなく用意されている。
 ひとつの物語にいくつもの結末を用意するという、作者の構成力が光る物語だった。

 

 

6.23 森博嗣『それでもデミアンは一人なのか?』講談社タイガ

 舞台は現代から2世紀ほど未来の世界。ドイツに住む楽器職人グアトのもとにデミアンと名乗る特殊なウォーカロン(有機的なロボット、もしくは人造人間といえば少しは説明できているだろうか)が現れる。デミアンは「ロイディ」という名前のロボットを探しているとグアトに告げた。
 本書は森博嗣によるWWシリーズの1作目で、同じく講談社タイガから刊行されたWシリーズの実質的な続編となっている。また、出版社を転々とした百年シリーズとも密接に関係しているが、他の森作品の例に漏れず、この作品から読んでもひとまず問題ないようには書かれている。
 長いシリーズを追っていると、シリーズの途中から入った人はどういう感想を持つのか気になることがある。本書から森博嗣の世界に触れた人はきっと、「何が起きていたのか分からない」と思うことだろう。しかしそれは前シリーズからの読者も同じである。とても大きなスケールで”何か”が進行しているが、主人公が観測できるのは目の前で発生した”何か”の一部でしかなく、あとは推測で補うしかない。全体を把握するのはきっと真賀田四季ただ一人だろう。
 その”何か”とは、もしかしたら知性の進化かもしれないと私は感じた。

 

 

6.30 SFマガジン編集部編『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』ハヤカワ文庫JA

→  https://miniwiz07.hatenablog.com/entry/2019/07/01/223324