汗牛未充棟

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事件簿シリーズ遂に完結‼――『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿10「case.5 冠位決議(下)」』

 

ロード・エルメロイII世の事件簿10 case.冠位決議(下)【書籍】

ロード・エルメロイII世の事件簿10 case.冠位決議(下)【書籍】

 

 

 2019年5月、『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 case.5 冠位決議 (下)』がめでたく発売され、全10巻からなる事件簿シリーズがその幕を閉じた。

 思えばこのシリーズはかなり特殊な位置にあったように思う。Fate関連のスピンオフ作品はいくつも存在するが、それらの作品はオリジナルの設定を下敷きに独自の設定を伴い、Fate/stay nightパラレルワールドとして展開した。しかし、この事件簿シリーズは原典に限りなく近い、ほとんど地続きといっても過言ではない物語を描いたのである。もちろん原作者 ・奈須きのこの監修を受けてのことではあるが、詳細が明らかにされていない「時計塔」という組織を書くにあたって、作者の三田誠の方から奈須に詰め寄り設定を作り上げたこともあったという。(あとがき参照。)

 こうして原典に限りなく近い位置で設定を明らかにした事件簿シリーズだが、スピンオフ作品との繋がりもとても意識したものになっている。
 まず主人公からして『Fate/stay nignt』の前日譚『Fate/Zero』に登場したウェイバー・ベルベットなのである。同一のキャラクターの成長前を虚淵玄が、成長後を三田誠が書いたことになる。そして事件簿シリーズの時系列としては、ちょうど第五次聖杯戦争が始まる直前までとなっており、『Fate/stay night』の序盤の展開と密接にリンクしている。

 そして何より事件簿シリーズを語る上ではずせないのが様々なゲストキャラクターたちだろう。『Fate/stay night』からはルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが、『空の境界』からは蒼崎橙子が、アニメ版の『stay night』からはアトラム・ガリアスタが、『Fate/Apocrypha』からはカウレス・フォルベッジが、『Fate/GrandOrder』からはオルガマリー・アニムスフィアが、『月姫』からはズェピア・エルトナム・オベローン(アトラシア)が登場し、エルメロイⅡ世と縁を結んだ。ゲストキャラクターで忘れてはいけないのはフラット・エスカルドスか。事件簿メンバーとして当然のように馴染んでいるが、一応出展は『Fate/strangeFake』で成田良吾によるキャラクターである。

 こうした様々なキャラクターと縁を繋ぎながら、エルメロイⅡ世は事件を解決してきた。その様々な縁が結集したのがこの最後の事件、『冠位決議』ではないか。

 

 

<以下、ネタバレあり>

 

 

 ロード・エルメロイⅡ世は作中でこれでもかというほど、「魔術の腕は二流」ということを強調されている。血筋がものをいう魔術の世界では当たり前のことではあるが、それでもⅡ世は持ち前の知識と鑑識眼をもって事件を解決してきた。
 しかし、探偵のように振る舞うことができても、それで魔術師本来の目的である「根源」に到達できるわけではない。もちろん、ロード・エルメロイⅡ世もしくはウェイバー・ベルベットという人間が、英霊の座に登録されるなんてこともないだろう。

 では、これまで事件を解決してきたことに意味はなかったのか、ひいては第四次聖杯戦争を生き残ってから今に至るまでの10年間は無駄だったのか。
 もちろん、そうではない。ドクター・ハートレスの真意が判明し、さらにⅡ世が預かる現代魔術科の本拠地が半壊したことで戦意を失ったⅡ世を助けたのは、これまでの10年で築いてきた様々な人たちとの縁であった。
 その繋がりは、最後にⅡ世をとある結末へと導く。『Fate/Zero』から続く物語の結末としてとても良いものだった。

 


  余談だが、この『冠位決議』編を通してクロウというキャラクターの取り扱い方が素晴らしかったと思う。クロウは 上巻の冒頭でドクター・ハートレスとの出会いの場面が描写され、読者に印象を残した。しかしその後クロウは一向に物語に姿を現さず、かつての仲間など周辺の情報が積み上がっていった。ここで「ドクター・ハートレスの正体はクロウなのではないか」と思った読者は多いのではないだろうか。かくいう私も半ばそう確信して読み進めていた。そして遂に来た冠位決議の場でライネスが「ハートレスの正体はクロウだ」と指摘するにいたって「やっぱりそうか!」と思ったのだが、直後にアシェアラに否定され、ライネスと同じように私も混乱するのであった。
 読者を正解の近くまで誘導しながら、もう一歩ずれた位置に解答を用意するというのは、さすがベテランのテクニックだと感じた。